hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

北朝鮮の非核化における「制裁一辺倒」から「対話(交渉)」への変化と「ASEAN外相会議共同声明」--まともな報道ができない日本のメディア

私は前々回のブローグで、「シンガポール共同声明」の本質が、米国が北朝鮮に「安全の保証」を、北朝鮮が米国に「完全な非核化」を約束したことにあることを、明らかにしました。 このことは、米朝会談によって、米国の北朝鮮に対する姿勢が、「制裁一辺倒」…

「朝鮮戦争の終戦宣言」を通じて、平和の完全・不可逆的な実現を!--本心では北朝鮮の非核化を望んでいない日本のメディアの欺瞞

今、北朝鮮の非核化をめぐって、朝鮮戦争の終戦宣言というテーマがメディアに載るようになってきています。 一昨日(7月30日)は、次の記事がネットに上がりました。 朝鮮戦争の終戦宣言「簡単にやるべきでない」西村副長官 2018年7月30日23時41分 西村康稔…

「シンガポール共同声明」の完全・不可逆的な実施による、平和の完全・不可逆的な実現を!--「北朝鮮の外務省談話」をめぐって2(「シンガポール共同声明」の基本的理解)

前回は、メディアが、「北朝鮮の外務省報道官談話」の主張の論理的骨格を無視・隠蔽しながら、相変わらず、<北朝鮮の非核化>のみに焦点を当てた狭窄的な報道を続けていることを批判しました。 そうした報道・評論の基本的な問題は、「シンガポール共同声明」…

「シンガポール共同声明」の完全・不可逆的な実施による、平和の完全・不可逆的な実現を!--「北朝鮮の外務省談話」をめぐって1

米朝首脳が出した「シンガポール共同声明」の本質について、非常に簡潔な「まとめ」があります。 梅林宏道氏による、東京新聞インタビュー(2018年07月12日掲載)への回答です。 ――六月の米朝首脳会談で署名した共同声明は、北朝鮮の非核化への道筋が具体的…

祝 「板門店会談・宣言」「シンガボール共同声明」--<憲法9条・国連理念主義>の現実化から見る

現在、6月12日になされた米朝会談、そしてその成果として発表された「シンガポール共同声明」の意義については、マスメディアにおいて、非常に冷淡に扱われています。 水島朝穂氏は、1989年のベルリンの壁が崩壊した時の学生の興奮と対照的に、6月13日のゼミ…

何故、安倍内閣支持率が上がったのか?--「シンガポール共同声明」へのネガティブ・キャンペーンがもたらしたもの

共同通信社が6月16、17両日に実施した全国電話世論調査によると、内閣支持率は44.9% でした。これは、5月12、13両日の前回調査と比較すると、6.0ポイント増加しています。この結果、今回不支持は43.2%なので、支持が不支持を上回ることになってしまいまし…

祝 「板門店会談・宣言」――非常識で傲慢な日本のメディア2

最近の米朝会談をめぐる報道も、非核化のみの狭窄的視点が続いています。何でこのようなことになっているのでしょうか?それによって何が見えなくなっているのでしょうか? 問題は、<(i)北朝鮮の非核化>と<(ii)「板門店会談・宣言」>、<(iii)今年中の終戦宣…

祝 「板門店会談・宣言」――非常識な日本のメディア・東京新聞社説批判1

前回に続けて、日本のメディア批判を行ないます。この批判作業では、4月28日の東京新聞社説が主な対象となります。 「板門店宣言」が4月27日発表されて以降、事態は急速に進展しており、米朝会談がシンガポールで6月12日に行なわれることが発表されています…

祝 韓国・北朝鮮共同宣言(板門店宣言)成立・公表――日本のメディア批判

「韓国・北朝鮮共同宣言(板門店宣言)」を心から歓迎、お祝いします。 「ペンタゴンペーパーズ」でメディアの役割について書いていたところで、日本の新聞を見ていてがまんできなくなりました。 私自身のこのテーマに関する基本的立場は、「世に倦む日々」…

すばらしい映画「ペンタゴンペーパーズ」--三浦氏の議論批判番外編2

三浦氏は映画「ペンタゴンペーパーズ」を、次のようにコメントしていました。 痛恨の判断ミスを隠すエリート。追及する正義のメディア。その構図は私たちの時代にまだ生きているだろうか。 前回は、これが意味することろ(氏の主張)は、「この映画の構図は…

すばらしい映画「ペンタゴンペーパーズ」--三浦氏の議論批判番外編1

LITERAが鋭い論評を続けています。その一つに、三浦氏のことを扱った「森友文書改ざん問題を彷彿と話題の映画『ペンタゴン・ペーパーズ』!三浦瑠麗はまたトンチンカンコメント」というものがあります。 これに触発されて、今回は予定を変えることにします。…

ごまかし・騙しの雄弁術――「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判X--(続の5回目)権力・軍事力崇拝と盲目的対米従属――

ずっと気分転換の休養をさせていただいて、大きく間があいてしまいましたが、すべての反安倍ファシズムの人と連帯するこのブローグを再開します。 もう、三浦瑠麗氏の議論批判が10回目になります。長くなり過ぎていますので、できる限り、要点をまとめるよう…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判IX--(続・続・続・続)権力・軍事力崇拝と盲目的対米従属

私は、三浦氏の議論に反映されている軍事力崇拝の問題は、憲法問題に深く関係してくると考えており、氏の議論に対する批判的分析を続けます。 読者の便宜のため、また三浦氏のブローグ記事(2014年06月15日)からの引用(原文)も再度コピぺしておきます。 …

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判VIII--(続・続・続)権力・軍事力崇拝と盲目的対米従属

前々回は、三浦氏が「他に選択肢がない」として、日米同盟維持を選択していることを指摘しました。その際に、氏が「選択肢がない」という理由から「消極的」「しかたがない」というトーンではなく、何故か、強い口調で積極的に「集団自衛権が可能であると考…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判VII--(続・続)権力・軍事力崇拝と盲目的対米従属

前回、私は、三浦氏の確信犯的な「暴論」を、氏の「国際政治学的知見」に焦点を当てて批判する必要を述べ、そして氏の「国際政治学的知見」の内、まず、日本JAPANという主体の判断・選択の問題に関して検討を行ないました。 そこで明らかになったことは、読…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判VI--(続)権力・軍事力崇拝と盲目的対米従属

前回の続きです。 今回は、三浦氏が「暴論」だと自認する主張・論理は、氏自身の心情・信条であり、それは多くの国際政治学者達の心情・信条(イデオロギー)を反映したものだ、ということを氏のブローグに沿って明らかにしていきます。 私は氏の議論を、前…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判V--権力・軍事力崇拝と盲目的対米従属

私は8月13日のブローグで、今後2つの軸、①日本国憲法の現代的意義、②社会科学方法論としての歴史の構造的理解、に拠って、このブローグを続けていくことを表明しました。 今日の政治情勢を見ていますと、ますます、このような思想の根本に関わる問題について…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判IV--ファシズム支持勢力とそのイデオロギー

前回のブローグを書いた時は、私の側から「戦前回帰」の本質を積極的に提起する形で議論を進めようと考えていましたが、そうすると、議論が長くなり、三浦氏の議論に対する批判からも外れすぎてしまう、と考え直しました。 今回は、何故、三浦氏のような議論…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判III--「どっちもどっち論」から核武装論へ

前回の「三浦瑠麗氏の議論批判II」のサブタイトルに、「--民主主義・平和運動の成果の『盗人達』」というサブタイトルを加えました。 これはどういう意味だろう、と疑問を持った方もいらっしゃるでしょう。 民主主義・平和運動の成果の「盗人達」とは、…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判II--民主主義・平和運動の成果の「盗人達」

前回の続きです。 三浦瑠麗氏の東京新聞(2017/08/12)における主張を再掲載しておきます。 まず、「戦前回帰」を心配する方々が思い描く「戦前」のイメージに不安を覚えます。 大日本帝国が本当の意味で変調を来し、人権を極端に抑圧した総動員体制だったの…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判I

2カ月以上の夏休みをいただきました。 気持ちを新たにして、安倍ファシズム政権批判のためのブローグの執筆を再開します。 共謀罪法が成立、施行された一方、森友学園、加計獣医大学新設疑惑を切っ掛けに、安倍首相に対する不信(不支持)が増大しています…

どこまでも、天皇をバカにした政府「退位法案」--法律はポエムじゃない

6月10日(土)14時から、「止めよう、辺野古埋め立て」「共謀罪法案、廃案」国会包囲行動が、「総がかり実行委員会」等の主催で行なわれます。 皆で参加しましょう。 ************************************************************************************…

「国民の総意」の目茶苦茶解釈は許されない--天皇「退位法案」衆議院通過の怪

私が延々と、憲法第1条の「国民の総意」を論じている間に、日本の現実はとんでもないことになりつつあります。 退位法案が、まともな議論がないまま(2時間半の審議)衆議院通過しました。 blog.goo.ne.jp 憲法に「国民の総意」とあるので、①国会で決めるこ…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 XI (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(13))

先回、ルソーの理論が、アメリカの独立革命への思想的影響を持たなかったと思われることに触れました。 他方、通常、アメリカの独立戦争の際に、フランス王がイギリスを叩くという国際政治の立場--今風にいうところのレアル・ポリティークですね--から、…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 X (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(12))

touitusensenwo様、 コメント、ありがとうございます。 どこらへんが、分かりにくいですか。できる限り、工夫します。 天皇の怒りの件、私の議論は、そうした件にすごく関わるのですが、延々と外堀を埋めるような作業で、そこに届いていないですね。 ただ、…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 IX (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(11))

5月19日(金)に、共謀罪法案が衆議院法務委員会で強行採決されました。 こういうことがあると、私の頭の中は、グジャグジャになります。 すぐれた運動のリーダーは、自分や周りの人々の怒りの感情を、運動の継続や次の運動のための戦略や戦術をたてていく…

「連想」「共鳴」「豊穰」--フランス革命と私達

前回、英訳日本国憲法にある the unity of the peopleの話をして、それがフランス革命と繋がるということに触れました。 後でこれがあった方がいいと、気づいて、次のポスターを入れて修正しておきました。 これは、フランス革命時(1793年)のポスターで、…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 VIII (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(10))

今回は、話を急いで、憲法の「訳」の問題を扱います。 と言いつつ、またまた横道に逸れます。 私は、このブローグでレビィ・ストロース等の構造主義について批判的に触れたことがあります。 他方、私は歴史構造主義的アプローチを行なっています。これは、あ…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 VII (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(9))

訳の問題と関わって、the Nationという言葉が、フランス革命において、スローガン的な言い方、特殊な意味合いを持って登場したことを、何故だろう?という問題提起をしました。 その解答は、近代国家--固有の<<the state>>と固有の<<the people>>と固有の<<the geographical space>>の統合体--の固有統合</the></the></the>…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 VI (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(8))

前回の続きです。 日本国憲法における<国民><国家>という問題を、英訳と関わらせて理解しようとする時、議論していた方がよい問題として、<nation>という言葉の問題があります。 nationという言葉は、国民と訳されたり、国家と訳されたりします。何故でしょうか。ど</nation>…