hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判IV--ファシズム支持勢力とそのイデオロギー

前回のブローグを書いた時は、私の側から「戦前回帰」の本質を積極的に提起する形で議論を進めようと考えていましたが、そうすると、議論が長くなり、三浦氏の議論に対する批判からも外れすぎてしまう、と考え直しました。 今回は、何故、三浦氏のような議論…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判III--「どっちもどっち論」から核武装論へ

前回の「三浦瑠麗氏の議論批判II」のサブタイトルに、「--民主主義・平和運動の成果の『盗人達』」というサブタイトルを加えました。 これはどういう意味だろう、と疑問を持った方もいらっしゃるでしょう。 民主主義・平和運動の成果の「盗人達」とは、…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判II--民主主義・平和運動の成果の「盗人達」

前回の続きです。 三浦瑠麗氏の東京新聞(2017/08/12)における主張を再掲載しておきます。 まず、「戦前回帰」を心配する方々が思い描く「戦前」のイメージに不安を覚えます。 大日本帝国が本当の意味で変調を来し、人権を極端に抑圧した総動員体制だったの…

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判I

2カ月以上の夏休みをいただきました。 気持ちを新たにして、安倍ファシズム政権批判のためのブローグの執筆を再開します。 共謀罪法が成立、施行された一方、森友学園、加計獣医大学新設疑惑を切っ掛けに、安倍首相に対する不信(不支持)が増大しています…

どこまでも、天皇をバカにした政府「退位法案」--法律はポエムじゃない

6月10日(土)14時から、「止めよう、辺野古埋め立て」「共謀罪法案、廃案」国会包囲行動が、「総がかり実行委員会」等の主催で行なわれます。 皆で参加しましょう。 ************************************************************************************…

「国民の総意」の目茶苦茶解釈は許されない--天皇「退位法案」衆議院通過の怪

私が延々と、憲法第1条の「国民の総意」を論じている間に、日本の現実はとんでもないことになりつつあります。 退位法案が、まともな議論がないまま(2時間半の審議)衆議院通過しました。 blog.goo.ne.jp 憲法に「国民の総意」とあるので、①国会で決めるこ…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 XI (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(13))

先回、ルソーの理論が、アメリカの独立革命への思想的影響を持たなかったと思われることに触れました。 他方、通常、アメリカの独立戦争の際に、フランス王がイギリスを叩くという国際政治の立場--今風にいうところのレアル・ポリティークですね--から、…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 X (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(12))

touitusensenwo様、 コメント、ありがとうございます。 どこらへんが、分かりにくいですか。できる限り、工夫します。 天皇の怒りの件、私の議論は、そうした件にすごく関わるのですが、延々と外堀を埋めるような作業で、そこに届いていないですね。 ただ、…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 IX (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(11))

5月19日(金)に、共謀罪法案が衆議院法務委員会で強行採決されました。 こういうことがあると、私の頭の中は、グジャグジャになります。 すぐれた運動のリーダーは、自分や周りの人々の怒りの感情を、運動の継続や次の運動のための戦略や戦術をたてていく…

「連想」「共鳴」「豊穰」--フランス革命と私達

前回、英訳日本国憲法にある the unity of the peopleの話をして、それがフランス革命と繋がるということに触れました。 後でこれがあった方がいいと、気づいて、次のポスターを入れて修正しておきました。 これは、フランス革命時(1793年)のポスターで、…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 VIII (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(10))

今回は、話を急いで、憲法の「訳」の問題を扱います。 と言いつつ、またまた横道に逸れます。 私は、このブローグでレビィ・ストロース等の構造主義について批判的に触れたことがあります。 他方、私は歴史構造主義的アプローチを行なっています。これは、あ…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 VII (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(9))

訳の問題と関わって、the Nationという言葉が、フランス革命において、スローガン的な言い方、特殊な意味合いを持って登場したことを、何故だろう?という問題提起をしました。 その解答は、近代国家--固有の<<the state>>と固有の<<the people>>と固有の<<the geographical space>>の統合体--の固有統合</the></the></the>…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 VI (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(8))

前回の続きです。 日本国憲法における<国民><国家>という問題を、英訳と関わらせて理解しようとする時、議論していた方がよい問題として、<nation>という言葉の問題があります。 nationという言葉は、国民と訳されたり、国家と訳されたりします。何故でしょうか。ど</nation>…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 V (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(7))

憲法第1条を論じようとして、「本丸」に辿り着く前に、予定以上に長くなってしまいました。悪い癖です。 「厳密」と称して、何をぐだぐだと言っているのだ、という疑問があるのが当然でしょうから、ここで、もう一度私の意図を明らかにしておきます。 第1条…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 IV (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(6))

東京防災公園の憲法集会に参加してきました。山田火砂子監督のスピーチを始めとして、危機感にあふれていました。 2年前のみなとみらいでの憲法集会では、大江健三郎がたいへんな危機感を持ったスピーチを行なっていたことを思い出します。 私自身は、2013年…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 III (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(5))

明日は、有明の防災公園での憲法集会に参加するつもりです。 それまでに、<X>が何故<天皇>なのか、という大問題に辿り着くことは残念ながら、できそうもなくなりました。 今日は、それでもできる限り先に進めるように努力します。 今回は、<P統合>(=<国民統合>)の説</p統合></x>…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 II (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(4))

前回からの続きです。 第1条 <X>は、<S>の象徴であり<P統合>の象徴である。 <X>の地位は、主権の存する<Pの総意>に基づく。 <X>は、天皇、<S>は日本国、<P統合>は日本国民統合、<Pの総意>は日本国民の総意を表します。<S>はstateから、<P>はpeopleからとってきたものです。 前回、次の2点を論じました。 ・<S>は、日</s></p></s></pの総意></p統合></s></x></pの総意></x></p統合></s></x>…

<私の憲法論> 無血革命としての象徴天皇制 I (歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(3))

論文を書く経験を持つ方はご存じのことですが、書くということは自分で考えたことを表していくことです。しかしそれだけではなく、書きながら新たなことが見えてきたりします。 今回も書きながら何回も憲法を見直したりしましたが、この憲法のすばらしさ、特…

<私の憲法論>  歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(2)

前回の続きです。 日本国憲法の第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。 には、重要な論点がいくつも詰まっています。 私の主張を加えながら、その論点を先に羅列します。 ①天皇も…

<私の憲法論>  歴史を通じた人権の徹底を--象徴天皇制廃止の展望(1)

もうすぐ憲法記念日です。 政治情勢はすごい速さで動いていて、しかも、共謀罪、辺野古基地、北朝鮮ミサイル発射に対するアメリカの対応、等重要問題が同時的に発生しています。 私は、そうしたことをまとめて考えたり、他の人に訴えたりするための枠組み、…

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編8)--現在から見たフーコーの限界

本ブローグ4月3日の記事で、潜在的なエネルギーを持つものをコントロールすることに焦点を当てる「新しい工学」の潮流と、<自由>や<競争>でエネルギーを持つ人間のコントロールを志向する「新自由主義」の潮流は、対応関係にあることを指摘しました。 長く…

共謀罪法反対のために私達はどうすればいいのか--あかりちゃんを想い起こす

一昨日(4月6日木曜)、日比谷公園の共謀罪法に反対する集会、デモ、国会請願に参加してきました。「総がかり実行委員会」と「共謀罪NO!実行委員会」主催で、3700人集まったそうです。 久しぶりに、野外音楽堂の中に入ることができました。先々週の国会前…

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編7)--ポパーのピースミール工学とフーコー

今回は、フーコーによる新自由主義を統治テクノロジーとしてとらえるという視点を、ポパーのピースミール工学という論点と関わらせて議論します。 私の見落としでなければ、フーコー自身がポパーに触れた箇所はないようです。しかし、フーコーの新自由主義の…

安倍政権を倒す新た波を--民主主義の再生(ルネッサンス)としてのデモ

23日(木曜日)、久しぶりに総がかり主宰の国会議員会館前の集会に行ってきました。 テーマは、共謀罪法案反対でしたが、ちょうど折から籠池証人喚問があり、その報告も半分ぐらいを占めました。 500人集まったとのことです。機動隊等の車はいっぱい配置され…

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編6)--フーコーの新自由主義論とその限界C

前々回、フーコーの二つ目のすばらしさとして、新自由主義の新しさを浮き彫りにしていること、というふうに述べました。しかし改めて読み直してみると、「浮き彫り」というには明確さに欠いており、レトリックのような部分や彼自身が思考を試行的に重ねてい…

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編5)--フーコーの自由主義論と新自由主義論B

フーコーの権力による人々の意識の支配という問題意識(これは、グラムシをつぐものです)から言って、彼が新自由主義を支配のテクノロジーとして捉えていたことは、彼の1970年代末の講演を知った今となっては、当然のことといえます。 しかし、支配のテ…

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編4)--フーコーの役割と新自由主義論A

新自由主義が現在の国際ファシズム体制へとつながるという話をするために、新自由主義のことを論じ始めました。そして新自由主義が広がった理由の2つめの説明として、新しい社会運動、新左翼、全共闘などの体制批判派の中にも、政府(国家)や左翼政党・労…

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編3)--1970年代の「批判的」勢力・理論

前回、普通の人々が何故新自由主義を支持したか、という問題を大雑把な社会心理の角度から議論しました。 「普通の人々」で言いたいのは、広範・多様な人々ということです。 しかし、数の面から見れば絶対的に多数ではないが、思想的・イデオロギー的に影響…

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編2)--新自由主義は何故広まったか

新自由主義は、上級の国家官僚と資本家階級にとって好都合のものです。それが資本家階級にとって好都合であることは、説明を要しないと思います。 ところが、新自由主義が小さい国家というような言い方をされるために、それが上級官僚にとって権力強化の意味…

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編1)

今まで、このブローグの異なった箇所で、予告しながら延ばしてきた理論的な問題を、ここでまとめて議論します。 今回のタイトルは「グローカル」となっていますが、焦点はインターナショナルな方にあります。 資本主義の危機ということを論ずるに参考となる…