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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

潜在的な統一戦線について(5)--共産党も閣僚名簿に(続・結)

 昨日、「世に倦む日々」氏の立憲連合政府の提案を基に、さらに、①立憲連合政府の閣僚名簿に共産党議員を加える、②立憲党の綱領(基本姿勢)に、「すべての立憲勢力との共同」を明記する、③小選挙区制の廃止、中選挙区制の復活を基本政策に掲げるべき、と述べ、その説明を途中までしました。

 今、戦争安法案反対闘争の広がりは、実質的に、ファシズム政権打倒のための統一戦線運動として姿を現しつつあります。それは、保革を超えた民主主義の枠組みを愛する人々の運動であり、この運動こそ、これからの日本の政治の主体となり、民主主義のための日本国民全体への呼びかけ人となっていくものです。

 私達は、今ある運動の統一を壊さないようにしながら、選挙レベルでの勝利、そのための政党のあり方、政党間の共同のあり方を急いで明確にしていく必要があります。

 そして、必ず勝つ、必ず多数派となる、必ずファシスト達とその協力者達を落選させる闘いを展開しなければなりません。

 まず、運動のプロモーションによって、小林節氏を首班とする立憲新党が作られます。それは、ただ議員になりたい、ただ権力を持ちたいという人々が集まった、現在の民主党のようなもの、あるいは小沢新党のようなものとは全く異なります。

 この立憲新党は、統一戦線運動によって生まれ、その一部をなすものであって、当初より選挙での政党レベルの統一を実現し、それを通じて勝利するためのものです。

 この新党の基本的立場が、「すべての立憲勢力との共同」であることは当然であり、それを実現していくことが、この党における運動の主体性、運動によるオーナーシップを示し、発展させていくことにつながります。

 他方、共産党は、前の秘密保護法反対運動、今回の戦争法案反対運動の中で、重要な役割を果たしてきています。

 この運動の発展としての統一戦線運動の勝利があり、立憲連合政権が成立する時、その閣僚名簿に共産党議員が含まれるのは当然のことです。

 少し説明を加えます。

 秘密保護法反対運動の後の都知事選、衆議院選、地方選において、共産党は、統一戦線の方向を選ばず、存在した潜在的な統一戦線は瓦解しました。

 今回私達は、同じことを繰り返さないようにしなければなりません。

 共産党が、民主主義の枠組みを取り返すための統一戦線運動の重要な一翼を担うもの、担うべきものであることを明確にする必要があります。

 そして、それを共産党に自覚してもらうことが必要です。

 共産党を閣僚名簿に加えるということは、このような意味を端的に語るものです。

 共産党も、この戦争法案反対運動において、秘密保護法反対運動の時にも増して、統一戦線への願望が大きくなっていることを強く感じているはずです。

 私が以前のブローグで指摘したように、共産党は、大会決議で「私たちの連合の対象となる相手が、従来の保守の流れも含む修正資本主義の潮流であることも、大いにありうることである」と述べていました。

 今こそこの「連合」の選択がなされるべき時です。この選択は、共産党自身にとっても、従来の壁を超えて成長していくための重要な転機になるでしょう。私はそのように主張したいと思います。

 私達の民主主義の枠組みを取り返すための統一戦線運動は、同時に、民主主義の未来を示すものであるべきです。

 それは、民主主義の枠組みを大切にしながら、異なる勢力が政策や意見を国民の前に明らかにしながら競争し、時には妥協しながら政治を行なっていくものです。

 嘘やレトリック、あるいはパフォーマンスによって、国民を欺くものではなく、誠実に議論しながら、一つ一つの手続きを大切にしながら進めていくものでなければなりません。

 私は、民主主義の未来と言いましたが、それは、民主主義の基本でもあります。それは、民主主義の永遠の未来であり、永遠の基本なのです。

 そうした民主政治のあり方を保証するための基本的制度として、選挙制度は極めて重要です。 

 現在の小選挙区制は、根本的な欠陥を持つことが誰の目にも明らかになってきました。

 それは、まじめで地味な議論を遠ざけ、ただ議席や権力を欲しい人や勢力の跳梁をもたらしました。

 知的低レベルのファシズム政権とそれを支える議員達--世論調査でも明らかとなっている民意と反対のことを平然と権力的に語り、実行しようとする--を生み出しました。

 立憲連合政権の基本政策に、小選挙区制を廃止し、中選挙区制の復活を目指すことを明記する必要があります。

 中選挙区制が理想かどうかは議論があるでしょうが、差し当たって、合意を得やすいのではないでしょうか。

 昨日のブローグは、「影の内閣」の話として切り出しました。

 「影の内閣」や私達の閣僚名簿は、まじめではあるが夢のような話というものではありません。

 それは、現在の運動がよりパワフルなものとして発展するために、必然的に辿る方向、そうした方向の中に必然的に存在するもの、今迎えつつある市民革命の展望の中に必然的に存在するもの、と私は考えています。