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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

危機が生み出す「市民」--理論的メモ (3)

 今日は、昨日に続き、 意思表示する市民が多数となるのが困難な歴史的条件の中で、②現在起きている運動が、そうした条件を乗り越えようとする「革命」的な意味を持っていること、を議論します。

 この議論のためには、今日は、日本人の意識に焦点を当てたいと思います。

 柄谷行人「丸山真男とアソシエーショニズム (2006)」は、和辻哲郎を引用して、先述の歴史的条件が、次のような日本人の意識の特徴として表れると指摘しています。

 

日本の民衆が・・・公共的なるものを「よそのもの」として感じていること、従って経済制度の変革というごとき公共的な問題に衷心よりの関心を持たないこと、関心はただその「家」の内部の生活をより豊富にし得ることにのみかかっているのであることは、ここに明らかに示されていると思う。(『風土』岩波書店p168)

 

 柄谷は、これを再確認します。 

 特に外国で目立つことだが、日本人はほとんど政治的意見や思想的な意見をもたない。ただ、話題がインテリアとかファッションのような「家の内部の生活をより豊富にし得ること」になると、異様なほどに洗練を示し、且つ雄弁になる。また、公共的な問題には無関心であるのに、ゴミ焼却場設置や食品汚染のように「家の内部」に侵入するような問題が生じると、突然激昂して、過激な反対運動を行う。

 そして、

「家」を守る日本人にとっては領主が誰に代わろうとも、ただ彼の家を
脅やかさない限り痛痒を感じない問題であった。よしまた脅やかされて
も、その脅威は忍従によって防ぎ得るものであった。すなわちいかに奴隸
的な労働を強いられても、それは彼から「家」の内部におけるへだてなき
生活をさえ奪い去るごときものではなかった。・・・だから・・・公共的なるものへの無関心を伴なった忍従が発達し・・・。

 私がこのブローグで、「抑圧の文化」と呼んできたものは、このような忍従が社会に体系的に浸透してきたものと解釈できるでしょう。また自己の忍従は、同時に、小ボスになることによって、他人を忍従させることによる心理的代償を得ようとすることに導かれます。

 さて、1980年代の日本は、「豊か」さの絶頂にあり(バブル)、「家」の内部はたいへん「豊か」でした。この経済的裏付けを持ったポストモダーン的な豊かさは、それまでの会社の一方的な支配を揺るがして、ミーイズム、トレンドとしてのフリーター、出世よりも自己や家庭生活の充実を選ぶ人々の増加、といった諸現象を生み出しました。

 この時期の人々の満足した状況を、「世に倦む日々」氏は、「鼓腹撃壌」と描き出しています。

 

イデオロギッシュな政治とは距離を置くことができ、隔絶した疎遠のものと考えることができた。・・・終身雇用と年功賃金があり、・・・真面目に働いて・・・マイホームを購入することができ、結婚・・・でき、自由・・・政治なんて、そんな物騒で無粋なものに手を出す必要はなかった。政治運動なんて、そんな危険な恐い集団系に関わる人生など真っ平だし、死ぬまでそんな不本意なことをする必要はないだろうと思っていた。・・・警察に囲まれた炎天下でプラカードを掲げてなどと、最もご遠慮願いたい面倒な、自分らしくない遠く遥かな世界だった。昔の若者は、もっとエレガントな生き方を持てたし、理想の人生を思い描く物質的土台(経済)を保障されていた。

 

 つまり、この時期の日本人は、忍従の必要性すら相対的に低下していて、政治とは全く無関係に生きる「理想」の下で生活していました。

 バブルの崩壊以後、1990年代は新自由主義が導入され、急速に「理想」は遠ざかります。

 私は、運動を生み出し、運動を支える市民を生み出すのは、問題の切実さ、それを解決しようとする危機意識だと考えます。

 データを調べていないので感覚的な言い方になりますが、2014年の都知事選で、宇都宮候補を支えたのは、福祉問題で解決を求める人々、そのための様々なグループのエネルギーだったと思います。

 新自由主義の深まりと共に、福祉政策の転換を求める運動のエネルギーは高まっていますが、社会の絶対的多数が危機意識を持つような状況には至りにくいでしょう。

 しかし、今回の戦争法案は、「国家」対「ほぼすべての国民」という対照を直接示す問題です。

 戦争を準備、実施しようとする国家に対し、国民は逃れる道は無く、これを阻止するか、服従するか、の二択しかありません。阻止するには、運動しかありません。

 このような切実な意識、危機意識がどのように広がりを持つか、それがどのように行動に表れるかは、確かに、自立的な中間的組織が歴史的にどのように存在、機能してきたか、というようなことと密接な関わりを持つでしょう。

 あるいは、政府がお金や権力を使って、メディアを操作、支配し、ウソをつくことを含めた「最新」の広告・宣伝技術を駆使できることが、人々の意識に影響を及ぼすことも否定できないでしょう。

 しかしこの切実な意識、危機意識が広がりを持ってきていることは、最近の世論調査でも明らかです。そして、行動に立ち上がる人々も増加しています。

 つまり、問題の切実さ、それを解決しようとする危機意識は極めて強く、大きな運動が生まれ、その運動を支える市民が生み出されているのです。

 何故、「私民」が「市民」となっているのでしょうか。

 それは何よりもまず、先に述べたように、戦争を準備、実施しようとする国家に対し、国民は逃れる道は無く、これを阻止するか、服従するか、の二択しかない、という事実があります。

 このような二択を直感させるような事態が、特に秘密保護法成立時以来増加し、人々の中に危機意識が広がってきました。

 戦争法案の衆院の審議の過程で、与党推薦の参考人を含めた3人の憲法学者による「法案は違憲」という意見は、この危機意識の強さと広がりを決定的なものとしました。

 少し横道に逸れますが、運動論的に、立憲主義という立場から、安倍政権による戦争法案の強行のクーデターを非難することは、正しいことです。3人の憲法学者は、そうした論点を明確にしてくれました。

 しかし、3人の憲法学者違憲判定は、安倍政権が遮二無二進めている法案が、まさに「戦争法案」であることを、多くの人々に、直感させ、あるいはさらに決定的に確信させてくれたことが重要です。

 国民の多くは、安倍政権による違憲立法という、手続き的なクーデター性の中に、戦争の危機の迫真性を嗅ぎ取りました。国民の危機意識は、それによって急激に高まったのです。

 集会のプラカードでも、「9条を守れ」が圧倒的で、クーデター非難、立憲主義擁護は、比較的少ないです。

 

 「鼓腹撃攘」で見たような経済的満足の経験は、国民の多数に、平和こそが満足のための必要条件であることを、実感させてきました。

 民主主義や憲法の理念や内容は、一応学校で教えられ、価値あるものとされています。それは、政治的な対立、イデオロギー的対立とは無関係のものではあるけれども、価値あるものであることは多くの人々が認めていたのです。

 しかし、「戦争」か「平和」かという二択の前に、市民と共に民主主義、憲法が生き生きとしたものとして現れてきました。

 そして、この市民と国家が直接対峙する運動が、革命的な意味を持つことは明らかでしょう。

 こうした視点に立つ時、60年安保の闘争も、再評価が必要となってきていることは、「世に倦む日々」氏が指摘している通りです。

 

 

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