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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

テロへの報復は許されるのか--国連安全保障理事会決議の2つの制限的側面

 フランス国内でも、対IS空爆反対の声が上がっています。

11月22日

 

ドミニク=ドヴィルパン元首相がイスラム国・空爆に反対して「軍事介入はテロを根絶するのでなく、テロの土壌をつくってしまうのは明らかだ」と指摘した発言が共感を呼んでいる フランス保守派から左派までがイスラム国・空爆に反対する3つの理由

 

 他方、前のブローグでも、触れた国連安全保障理事会決議の報道ですが、私はそこで、この決議についての報道を見ていると、

ISの「テロ行為(テログループ)とあらゆる手段を持って闘う」としているのか「ISとあらゆる手段を持って闘う」のか、あいまいだ 

 と述べ、

 

イギリスのSunday Expressのサイトによると、国連決議は、ISのカリフ(首領)の支配(領域)に対する軍事行動を合法化する根拠を与えていない、としています。こういう違いは重要です。

 と指摘しました。 

 その後、決議のサイトを見つけました。やや細かいことになりますが、一度書いたことなので、議論を確認しておきたいと思います。

 まず、先に日本での報道がどのようなものであったかを確認しておきましょう。

 例えば、産経です。

 このソースは、共同通信によるもので、ネット上での他の新聞も大差ありません。

 東京新聞の紙印刷バージョン(2015-11-22、ニューヨーク=北島忠輔)では、見出しが、より強い調子で、「IS撲滅の意思表示」となっており、記事内容も、

国連安全保障理事会は二十日、ISのテロ行為を阻止するよう各国に求める決議を全会一致で採択した。世界各地でテロ攻撃を仕掛けているとされるISに対し、国際社会で包囲して撲滅を目指す意思を示した形だ。

 決議はパリ同時多発テロを受けてフランスが提案した。加盟国が「取り得るあらゆる手段」を講じるよう訴える内容。デラットル仏国連大使は採択後、記者団に「決議はIS撲滅に向け、国際社会が協調行動を取るための法的、政治的な枠組みを提供するものだ」と意義を強調した。

 となっています。

 日本の報道だと、「あらゆる手段でISを撲滅する」のが国際社会のとるべき態度とされます。Sunday Expressのようなコメント(制限)は想像もできません。

 さて、国連安全保障理事会決議自体はどのように述べているのでしょうか。

 (私は国際法の専門家ではないことをお断りした上で、私なりの解釈、訳をお伝えします。間違いがあったら指摘してくださるようお願いします。)

 この決議2249(2015)は、前文と本文よりなっています。

 本文の第5番が、当該箇所で、若干わかりやすさのために、手を加え、不要箇所は省略して訳すと次のようになります。

 

安全保障理事会は、その能力を持つすべての加盟国が、国際法--特に国連憲章や国際人権、避難民、人道法--にしたがって、ISIL[等]が支配する領域において、次の2つの努力を倍加し調整するよう呼びかける。

 ①ISIL等によるテロリストの行為を防止し、抑制する努力

 ②彼らによってイラクとシリアのかなりの場所にわたって確立されてきた「避難所safe haven」*(注) を根絶する努力

  *(注) ここで「避難所safe haven」とされているのは、ISIL自身がそう名付けている軍事的基地のことであり、そこで、軍事・テロ訓練がなされている場所です(ただしここで「基地」としたのは、特定、限定された場所のみではなく、広い地理的領域を指している可能性も含まれるのかもしれません)。

 ここでは、2種類の制限があります。

 第1は、当然のことながら、「国際法--特に国連憲章や国際人権、避難民、人道法--にしたが」う、という制限であり、例えば市民を巻き込むような空爆は正当化していないということです。

 第2は、「根絶」の対象とされているのは、ISILの軍事・テロ訓練の拠点とみなされる場所のみ、という地理的な制限です(ただし、先の*(注)参照)。

 このことが意味するのは、IS支配地域内において、国連加盟国側が(敵を根絶に至らしめる)軍事的な強い手段を用いるのは、「避難所」を根絶するためである(それ以外のためには、そのような軍事的な強い手段を用いることは正当化されていない、すなわちIS支配地域全部を根絶するための軍事行動は正当化されていない)、ということです。

 Sunday Expressのコメント「国連決議は、ISのカリフ(首領)の支配(領域)に対する軍事行動を合法化する根拠を与えていない」は、この第1および第2の制限から来ていると考えられます。

 海外のジャーナリストの中には、こうした冷静な分析、態度が短い記事の中にも、より多く見られるように思います。

 日本のジャーナリストも志を持って、頑張ってほしいと思います。