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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

「反ファシズム統一戦線」と「野党共闘」--その2--議員達にとってのファシズム下の「日常」

 前回、去年の夏のデモが明快な行動のための「解」であったが、現在は明快な「解」がないと述べました。このことは、現在のデモが無意義だといっているわけではありません。現在もデモは重要な意義を持っています。ただ、去年の夏のデモは、戦争法をストップさせ得た特別に決定的な「解」であった、ということを述べたのです。このことを急いで付け加えさせていただいた上で、前回の続きを書きます。

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 私はすでに日本社会はファシズム政権の下にあると考えています。ファシズムの下でも、それぞれの「日常」は外面はほとんど変化なく続けられます。それは、基本的に議員レベルでも同じことです。

 戦前の大政翼賛会というのは、大雑把にいえば、当時の立憲政友会と立憲民政党の議員達が自分達の議席の保持を目指して、自ら自分達の党を解党して、親政府勢力と迎合、集合して作られたものです。1942年には、全く「不自由な」総選挙が行なわれましたが、こうしたプロセスは基本的に「合法」であり、繰り返しますが、既成の議員達の議席保持の動機が根本にありました。国家や戦争をめぐって、どのような立場であろうと議員が議論し、監視すべきことは当然増加していましたが、現実は逆のことが生じました。

 今も同じことが起きています。自公を含め、すべての政党の議員や議員候補の中では、戦争法、戦争という大事よりも、自分の議席こそがすべてです。

 民主党民進党)には、この「議席がすべて」という性格がよく表れています。自民党は、基本的に「支配者クラブ」であって誰でも入れてもらえるわけではありません。そこは、支配者階級の一族とそれに奉仕するタレント枠(いわゆる「チルドレン」もタレント枠の一部といえます)で占められています。政治的主張、イデオロギー、政策が自民党と同じ者でも、「支配者クラブ」基準に適わない場合は、入れてもらえないのです。

 そこで、ともかく議席が欲しく、権力が欲しい者は別の政党による他ありません。いわゆる2大政党制(小選挙区制)の場合は、そういう人達は全員一つの政党--つまり民主党民進党)--に集まることになります。主義主張、イデオロギー、政策はどうでもいいわけです。もっとも民主党の重要な部分に、元自民党というような議員もいました(例えば、鳩山由紀夫小沢一郎)。そのような議員にとっては、主義主張、政策が重要性を持ち、それに基づく政権交代を目指しているわけであり、彼らの存在や主張は、かつての民主党の政党らしさをどうにか担保するものとなっていました。もちろん、それ以外にも少数であるにしてもまじめに政治、政党のあり方を考えている民主党関係者はいるでしょう。

 また民主党の組織としての固定性(安定性)を作り出している重要な要素として、連合という労働組合組織があります。これも、支配者クラブの外側から権力に接近しようとするものにとって重要な要素です。

 しかしいずれにしても、民主党民進党)の大部分は、自民党には入れてもらえない、でも議席が欲しく権力が欲しい人達が、政党の組織の体裁を持っているところに集まっているもの、ととらえて間違いないでしょう。

 保育所待機問題で話題となった民主党山尾志桜里議員の経歴は、「世に倦む日々」氏によると次の通りです。

 

 私は、以上の点を必ずしも「欠点」として述べているわけではありません。個人的にはこういうセンスは好きではありませんが、ある意味では、政治的には、国民の気分、趣向、要求を敏感に反映する面を持った勢力、人々というふうに考えることもできます。

 ただこのことを踏まえてみると、反ファシズムのための運動を、「野党共闘」というスローガン(戦略?)にまとめてしまうことには、疑問を持ちます。

 次回に続けます。