hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

歴史のすばらしい贈り物--日本国憲法(II)--保身の宮沢俊義教授「8月革命」論

 東京新聞に、若者らは「押しつけ憲法なら、こんなステキな憲法をくれたアメリカにありがとうと言いたい」と叫んでいたのを聞いて、護憲の立場の弁護士が「頭をがつんと殴られた気分だった。学生にここまで言わせてしまう大人の責任を痛感した」という話が載っています(「ベルばら、スター・ウォーズ、エンタメで学ぶ憲法」2016年06月05日)。

 私も若者達と全く同意見です。ただもう少し詳しく、世界システム的かつ歴史的視点から議論をします。

 世界システム的な視点をとるということは、国家単位の国際政治を見ると同時に、国家を超えた国際政治や国内の諸勢力の対抗を見るということです。

 こうした視点から見ると、確かに、日本の当時の支配層にとっては、憲法はいやなものの押し付けでした。しかし、まだ政治的なパワーを手中にしていなかった市民(ポツダム宣言にある「民主勢力」)にとっては、すばらしい贈り物だったのです。

 そしてさらに歴史的視点から見ると、そもそも「押し付け」という言葉が、この問題の歴史的な意味を理解していない(わざと誤解させる)ものであることがわかります。

 憲法が私達や世界にとって持つ意味は、日本政府によるポツダム宣言受諾を出発点として理解しなければなりません。

 日本政府や当時の支配層、そして今日その流れを組む人々が、「ポツダム宣言は押し付けだ、だから不当だ」というならば、国際的に怒りを買い、軽蔑され、馬鹿にされるでしょう。

 ポツダム宣言は、世界の人々にとって、特に日本の侵略によって被害を被った人々にとって、血を流して得た国際公約でした。日本は武力によって侵略を続け一千万人を超す死者を出し、連合国の武力によってほぼ完全に軍事的敗北に帰すまでにして、やっとそれを止めたのです。

 ここで、私は基本的な議論を行ないたいと思います。というのは、極右によるレベルの低い議論がはびこる一つの理由として、市民の側の憲法把握における弱点(新憲法制定の理由やその過程に関わる基本的事実を把握していないこと)の存在があると思うからです。

 何故新憲法が制定されたのでしょうか?それは、日本国民がそれを望んだからでしょうか?

 確かに、抽象的な意味では、そうだといえましょう。それは、事後的にとはいえ、圧倒的な大多数の国民によって歓迎されたのですから。

 しかし、日本国憲法制定の直接的な根拠は、ポツダム宣言にあります。今それに該当する部分を抜き出します。

 

第6項)われわれは、無責任な軍国主義が駆逐されるまでは、平和、安全および正義の新秩序は達成されえないことをつよく主張するものであるから、日本国民をだまし、世界征服の挙に乗りだす誤りをおかさしめたものの権力と勢力は永久に除去されなげればならない。 

 

第10項)日本政府は、日本国民の間における民主主義的傾向の復活と強化を妨げるいっさいの障害を除去しなければならない。言論、宗教、思想の自由ならびに基本的人権の尊重は確立されなければならない。

 

第12項)これらの諸目的が達成され、日本国民の自由に表明された意思に従い、平和的傾向をもった責任ある政府が樹立されるならば、連合国占領軍はすみやかに日本から撤収するであろう。

  ここで述べられているのは、連合国あるいは連合国占領軍は、日本を平和に志向する民主主義の国にする、日本に平和・民主主義の政府を作る、そしてそうしたら撤退する、ということです。

 また、そうした連合国が課した目的を実現するために、日本政府が責任を持った主体となることを想定しています。

 では、新憲法無しに、つまり、明治帝国憲法のままで平和・民主主義の日本、政府は作れたでしょうか?

 右翼や極右の人々は、作れた、と強弁するのですが、やはりそれは無理筋というものです。ある程度、ここで見たような基本的文献や明治憲法を知った上であれば、誰もが明治憲法を民主的とはいえない、連合国(占領軍)が満足するはずがない、というでしょう。

 ところが、確かに当時の政府内では、明治憲法のままでいい、というのが圧倒的な意見でした。ポツダム宣言を受諾していたにも関わらず、です。

 その中には、現在も民主的な憲法学の権威として著名な宮沢俊義東大教授(故人)がいます。

 私は、彼が唱えたという「8月革命」論を、これまで読んだことがなく、ずっと、革新的、革命的、民主的な議論かと思っていました。何故なら、私の学生時代から、彼は、民主的な憲法学の権威として著名だったからです。

 それは私のとんでもない誤解だったようです。そしてこの問題は、憲法学者の中ではあまり議論されていないタブーのようなものらしいということがわかってきました。

 次回に続きます。