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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

都知事選の敗北と野党共闘のゆくえ(2/終り)

 前回、民進党に不安と不信を覚える、と書きました。このことを別の角度から言います。

 私は、参院選も野党共闘は敗北したと考えています。そして、都知事選での敗北も合わせ、そのこと自体は、基本的に、安倍ファシズム政権に反対する勢力が力不足であった結果であり、しかたがなかったと思います。

 しかし、同じ敗北するにしても、「野党共闘」という名前でなく、例えば「戦争法廃止の市民・野党運動」といった名前の共闘組織を作り、それを常に名乗った形で選挙運動を行なって欲しかったと、改めて強く感じます。

 そうすれば、マスコミも、「野党共闘」ではなく、「戦争法廃止の市民・野党運動」あるいは、「戦争法廃止運動」等と、その名を以て報道したでしょう。

 これはつまらないことのようですが、私の意見ではとても重要なことです。

 運動に参加している人や運動を知っている人にとっては当たり前のことでも、一般の人にとっては、野党共闘が何を目的としているかは、あいまいな場合が多いでしょう。

 「安倍政権に反対している人達・野党の選挙時の集まりらしい」程度の認識が普通ではないでしょうか。

 そうであったから、自民党の「野合」という攻撃がかなり説得力を持つことになってしまったと思います。

 「戦争法廃止運動」という名前を選挙で使えば、そこには共通の目的が明示されており、マスコミがいやでもそれを流してくれるのですから、「野合」批判の余地がなく、無理に批判しても、効果はずっと低まるでしょう。

 また、「戦争法廃止運動」を名乗れば、参院選や都知事選が去年の夏からの戦争法反対運動の継続であることが明らかになります。

 都知事選で、戦争法廃止は国政の問題で関係ないという攻撃がありました。しかし、結果論という面もありますが、中途半端に平和、憲法等に触れて敗北するくらいなら、都政に関するしっかりした政策を並べつつも、戦争法廃止を正面に掲げて敗北したほうが、ずっと意味があります。

 今すぐ賛同が得られなくても、運動がまだ少数派であっても、一般の人に「戦争法廃止の運動が継続している」という認識を持ってもらうことが重要なのです。

 この秋に自衛隊南スーダンに駆けつけ警護を目的として派遣されようとしています。そこで、死傷者が出た時に、どれだけの人が、野党共闘のことを思い出すでしょうか?

 今のように激しくニュースが消費される時代に、マスコミもそうした角度からの振り返りもほとんどしないでしょうし、運動と関わりのない一般の人にとっては、精々のところ、「野党共闘ってあれなんだったっけ、安倍政権反対みたいなこといってたけど」といったところどまりでしょう。

 これに対し、もし「戦争法廃止運動」という名前が一般の人々の間で少しでも記憶に残されていれば、改めて、「戦争法がなければ、死傷者もなかった」という運動の主張の説得力が増し、そうした主張が、困難な中でもより容易に拡がるでしょう。

 では、何故、「戦争法廃止の市民・野党運動」といった目的を明示してマスコミが常にそれを呼称してくれるような組織ができなかったのでしょうか。

 私は、内情を知る者ではないので、想像する他ないのですが、ほぼ間違いないと思うのは、民進党がそれを拒んだということです。

 民進党は、議席獲得のために票は欲しいけれども、自党の組織のあり方としては何も変えることはなく、政策的にはできるだけあいまいにしておきたかったのです。

 民進党は、市民と4野党の協定には、サインしたものの、それはなるべく、内輪の話に止めておいて、いつでも自分の都合で引っくり返せるように、というのが本音です。

 引っくり返して、市民や共産党からの批判があっても、世間一般からの批判さえなければ、どうでもいい、と考えているのです。

 私は、今回の野党共闘を取りまとめてきた市民運動の労を多とする者であり、私のようにそうした実践に取り組もうとしない者が、邪魔をするようなことを慎むべきだと考えてきました。

 実際、「野党共闘」で勝利していれば、私のような批判は生じなかったでしょうし、もしかしたら民進党も、恒常的な共闘組織の結成や呼称使用に同意するといった、良い方への態度変更があったかもしれません。

 しかし、敗北が明白となり、また現時点では、民進党は現状の「野党共闘」よりさらに後退することが予想されます。

 民進党が、本来まじめに議論すべきは、野党共闘をどうするか以前に、戦争法をどうするのか、自衛隊の駆けつけ警護をどうするのか、ということでしょう。 

 野党共闘という手段が先行した戦術(戦略?)は、民進党に、政策協定で約束された政策目的をどのように誠実さを持って追求するかという、本来求められる態度とは異なった、何かとんでもない傲慢さをもたらしているように感じます。

 これでは、私も一般の人と同様に、「野党共闘って何?」「ただ議席が欲しくて、反安倍で集まった人?」と聞いてみたくなります。

 共産党としては、今や野党共闘の実質よりも、「野党共闘を尊重する」というポーズが売りとなっているように思えます。ですから、現時点で共産党から野党共闘路線を止めることはないでしょう。

 しかし戦争法廃止という原点に戻って、目的を明示し、それに沿ったできる限り幅広い運動--例え現在それが少数派であるとしても--が必要だと思います。

 私はかつて、統一戦線とは、勝利するということから逆算して構想される戦術だと言いましたが、それは目的をあいまいにしていいということではありません。