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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

(新版)人間的公務員「天皇」制のために(3)--象徴天皇制は、「血統万能天皇制」でもなく、「奴隷的天皇制」でもない

(これは、9日にアップしたものを、論理的に整理し直し、10日の午前にアップした、新しいバージョンです。)

 

 「お言葉」を文章で読みました。

 いつも思うことですが、天皇と皇后の文章の日本語はとても美しいですね。

 教育、教養、人格が出てくるのでしょう。

 さて、今日は昨日の続きというよりは、特にある程度法律や憲法を知っている人、あるいは法律、憲法のプロの人達の反応を見て、私の驚いていることを書きます。

 

 1.必要条件としての「世襲」--皇位有資格候補者の決定

 

(第2条)
皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

 

 私の理解では、この条項の「世襲」は、血統が必要条件であることを示しています。 

 つまり、この血統条件を満たす者は、皇位資格を有する候補者となります。

 「世襲」ということの意味については、後で議論します。

 今日ここで議論したいのは、従って、世襲による皇位の継承は、「自動的」に行なわれるのではない--世襲のための血統条件を満たしても、それは天皇になる十分条件ではない--ということです。

 こうした主張の根拠、そこから導かれる重要な結果を以下で示します。

 

2.憲法に反する「血統万能天皇制」

 

 仮に、世襲による皇位の継承が、「自動的」に行なわれる--世襲のための血統条件を満たせば、それは天皇になる十分条件である--としましょう。

 私は、これを「血統万能天皇制」と呼びます。極端な例を挙げましょう。

「形だけ天皇にさせられても仕事なんかしない」という有資格者(天皇の長男)が現れたら、どうでしょうか?

 あるいは、「僕は絶対天皇になる。なったら、憲法を足蹴にしてやる。この憲法は大嫌いだ。憲法尊重の誓いなんて真平で最初からする気はないよ」と公言している場合はどうでしょうか。

 「天皇の地位は欲しいんだ。どうしてもしなきゃならないなら、最初だけは憲法尊重の誓いは嘘でやるかな。なっちゃえばこっちのもんだからな」という有資格者が天皇に就任して、憲法無視の行動を始めた場合はどうでしょうか。

 それでも「天皇の長男は天皇だ」「死ぬまで、天皇天皇だ」というやり方--これが「血統万能天皇制」です。

 明らかにおかしいですね。

 しかし、私が、「第2条のいう『世襲』は、血統が必要条件であることを示している」「血統条件を満たしても、それは有資格者候補となったに過ぎない」、と主張する憲法上の根拠は何でしょうか?

 それは、憲法の中に、天皇であるための(従って、「天皇になるため」でもある)必要条件を規定した条項が、他に3つあるからです。

 その第1は、すでに前回見た、第4条と第7条の天皇の国事行為を規定した条項です。これは、これら2つの条項を合わせて一つのセットと見た方がいいでしょう。

 このセットは、天皇の地位にある者の任務を規定したものですから、その任を果たす意思及び能力があることが、当然の条件(必要条件)となります。

 意思と能力とのいずれかでも欠けている者は、就任することができず、あるいは就任後にそのような状態になれば、休職、もしくは退職(罷免)ということになります。

 第2の必要条件は、憲法第99条による「天皇や公務員の憲法尊重擁護義務」です。この条件を満たさない者、あるいは満たさなくなった者も、就任不可であり、あるいは退任を求められます。憲法尊重擁護の誓いをしない者は、有資格者候補で、就任意志と能力があっても、就任することはできません。

 要するに、「血統万能天皇制」は、憲法自体が明白に否定しているのです。 

 

3.憲法に反する「奴隷的天皇制」 

 

 「血統万能天皇制」の問題は、仕事をしない天皇憲法を守らない天皇が地位にあることの問題ですが、「奴隷的天皇制」の問題は、本人の意思に反する形で就任を迫る場合です。 

 例えば、天皇の長男は、天皇が死んだら、いやでも必ず天皇を継承しなければならないのでしょうか。

 あるいは、私達は無理やりでも、長男を天皇の地位につけるのでしょうか。

 無理にやらせるのが、国民の総意、国会の多数であれば、合憲で、皇位継承有資格者による天皇就任拒否は違憲ですか? 

 そういう主張を、私は、「奴隷的天皇制」と呼びます。

 「奴隷的」というのは、ただ本人の意思に反するからだけではなく、家族ではない他人の意思(主権者たる国民の総意)に従わなければならないからです。

 憲法の定める象徴天皇制が、このような奴隷的天皇制であるということは、私にはとても理解できません。

 逆に、私の理解では、「奴隷的天皇制」は、憲法違反です。

 憲法に従えば、仮に、世襲のための血統条件を満たし、職務遂行能力を満たし、仮に就任した場合に憲法尊重擁護義務を果たす気持ちがあるとしても、そもそも、就任の意思がなければ、皇位を現実に継ぐ義務はありません。

 仮に、理由を言っても言わなくてもいいのですが、「絶対いやだ。死んでもいやだ。僕は天皇になりたくない」と言う者が現れたら、天皇にならなくてもいいのです。

 私は、前回も書いたように、皇位有資格者でも本人に就任の意志がなければ、就任拒否できると考えます。

 このように主張する憲法上の根拠は、憲法22条1項が、「何人」にも職業選択の自由を保障しているからです。

 通常の憲法解釈では、天皇の場合は、先の第2条の「世襲」規定によって、「自動的に」天皇となるので、天皇基本的人権からは、職業選択の自由が消失するとされています。

 これは、前回見た「国政に関する権能を有しない」という規定によって、選挙権などが奪われたケースに似ていますね。

 しかし、この解釈は、私の意見では、まさに皇位有資格者候補の人権を侵す違憲の解釈です。

 先に論証してきたように、第2条は、天皇資格の必要条件を述べたものに過ぎないのですから、それを理由に、有資格者の職業選択の自由という権利を奪うことは許されないのです。

 当然、皇位有資格候補者も、天皇になる前であれば、この自由を保証されています。

 ですから、憲法は明白に、「奴隷的天皇制」も拒否している(それが発生しないように設計してある)というべきです。

 ただし、一度天皇に就任した場合は、退任についてその時期や理由など、何らかの制限を受けるのは、どのような雇用でも、それぞれの契約関係による制約を受けるのと基本的には同じです。

 とはいえ、一度就任したら、本人の意思と関わりなく、死ぬまで働け、というのは、またそれも奴隷的天皇制のようなものです。

 先に書いたように、憲法は奴隷的制度が発生しないような設計になっているのですから、一度天皇に就任すると、その後は、奴隷的になってしまう、ということが生じてしまうのは、下位の法律(皇室典範)の制度設計がだめ、ということです。 

 私に言わせると、今日議論したことは、ごく当たり前なのですが、ほとんどの論者が違う認識を持っているようです。

 特に、リベラルな人が、「奴隷的天皇制」を主張するのは、天皇制憎しから来るのか、少しびっくりしました。