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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

人間的公務員「天皇」制のために(8)--「共和制派」におけるリアルな歴史の不在

 私は前回、「いくら厳格運用しても、象徴天皇制があり、天皇が生きた存在であり、従って政治的思想を持つ者として存在する以上、その行動や発言が、政治的な意味を持って現れること、現れようとすることは、抑えきれない」と述べました。

 この論点は、共和派の議論ではあまり出てこないことのように思います。私は、この問題を、うまくこなれた表現ではないのですが、「天皇の歴史的当事者性」の問題、というように捉えられると思います。

 そして、この「天皇の歴史的当事者性」の問題は、さらにより広い、「国際公約としての憲法」という視点から理解できるようになると考えます。

 通常の共和派的な憲法理解は、戦前の歴史的反省を踏まえて、「天皇の国政に関する権能をなくす規定を明記した」というもので、そこから、象徴天皇のシンボルマーク論が出てきます。

 しかし、考えてみると、誰がどのような「歴史的反省」を行なったのでしょうか?

 おそらく、敗戦当時の多くの国民がそうした気持ちを持ったということは、事実と言っていいでしょう。しかし、共和派的な理解が正しいのであれば、何故、天皇制の廃止(=共和制の実現)に至らず、象徴天皇制が採用されたのでしょうか。

 本来、憲法やフランス人権宣言のような歴史を画する文書は、歴史的・政治的運動の高揚の到着点としての記録です。

 そして、それは、実際の政治勢力の勝利によって支えられた社会的・政治的価値の制度的表現として、圧倒的な(社会的な広さと歴史時間的な持続性を持った)規範力を持つものです。

 当時、新しく生まれようとしていた日本国憲法についても、このような観点(当時の歴史的現実という観点)から理解するのが、自然であり、当然であると思います。私は、以前、宮沢俊義教授の「八月革命」論を、革命的言辞を弄しながら、実は革命主体を喪失させるものとして、批判を行ないました。

 私は、象徴天皇制に関する「絶対的天皇制への歴史的反省」論は、宮澤理論と同様の歴史的主体を喪失させる議論だと考えます。

 私自身の結論を先に言えば、新憲法全体とその中の象徴天皇制の条項は、次の3つの勢力の力学の結果を表現するものと考えます。

 ①ポツダム宣言に体現された国際的な民主主義勢力  

 ②天皇を頂点とする政府

 ③民主主義的な変化を歓迎した日本の人々

 つまり、新しい日本国憲法(の骨格)は、①の国際的な民主主義勢力の勝利を、日本の政治のあり方(憲法)のレベルでも、②の日本政府に改めて認めさせたものです。

 この意味で、日本国憲法(の骨格)は、ポツダム宣言受諾に続く、国際公約(日本政府による国際社会に対する国際公約)と呼ぶべき性質を持ちます。

 では、日本国憲法は通常の憲法、あるいはフランス人権宣言のような、国内的に強力な、民主主義的な支えを持っていないものと考えるべきなのでしょうか?

 私は、それに対する答は、Yesであり、またNoでもある、と考えています。

 まず、国内的な支えがあったという肯定的な側面を述べましょう。

 先に挙げた③の民主主義的な変革を歓迎した国民は、過半数にのぼると考えられます。 

 また、ポツダム宣言は、たんに日本政府に命令するのではなく、日本政府が「日本国国民における民主主義的傾向の復活を強化すること」や「日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立」の実現を前提としていていました。

 従って、先に述べた③の民主主義的な変革を歓迎した過半数の国民は、新しい憲法の国内的な支えであり、さらに言えば、潜在的な意味においてではあるが、①の国際的な民主主義勢力の一部を構成していた、といってもいいものであると思います。

 以上のような私の議論は、従来の憲法解釈をより歴史的現実に立脚させることによって、わかりやすく実践的な新しい憲法解釈を得ようとする動機、現在の私達の政治的な課題がどのような歴史的な過程からどのようなものとして現れているかを明らかにしたいという動機、に基づくものです。

 次回以降に続けます。