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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

倫理としての唯物論(1)--ファシズム政権を目の前にして

 今時、誰も唯物論等という言葉を使わなくなりました。おそらく、哲学者でもほとんどの人が議論していないのではないでしょうか。

 私は、科学哲学に関心があるのですが、そこでも新しい議論の中では見たことがありません。

 あるいはごく一部の人達が議論しているかもしれませんが、「専門的」過ぎて、関心を持つ私ですら近寄りがたいものでしょう、おそらく。間違っていたら教えてください。

 何故、唯物論というテーマを取り上げるかというと、社会科学の社会的意義という問題と直結している、と考えるからです。それは、ファシズムを目の前にして、社会科学(者)の存在意義とは何かいう問題です。

 
 宮子あずさ氏が、「研究者の力」というコラムを書いています(東京新聞2015年6月22日)。

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 憲法学者三人が法案を違憲と述ベた、今月四日の憲法審査会の意義は大きい。

 これまで私は「平和憲法だけで戦争が防げるのか」「アメリカに守ってもらうだけでよいのか」と詰め寄られると、どうしでもひるんだ。だが、いまは違う。解釈改憲は許さない。「目的がよければ、やり方はどうでも」というのは法治国家のあり方ではない。「取り巻く環境が変わった」と、政治が憲法をり越えてしまっては、政治の歯止めがなくなっしまう。おかしいことはおかしい。ここは堂々と声を上げ続けたい。

 三人の憲法学者の発言から、研究者の力を考えた。学問の枠組みから、誠実に物事を見る。これが学問を探究する人間の態度であろう。

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  他方、以前のブローグでも取り上げた、佐々木毅氏(政治学者、元東大総長)は、事ここに至っても、まだ様子見を続けています。東京新聞も、コラムのタイトル「時代を読む」にふさわしくない筆者との契約は、そろそろ打ち切り時なのではないでしょうか。

 彼のコラムは、次のように始まります東京新聞2015年6月28日)

 

 安倍政権は国会の会期を9月27日まで延長し・・・今の国会で成立させられなければ、二度とチャンスは来ないというのが政権側の判断であろう。

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  そして、世論調査の数字をあれこれ引用した上で、次のように終わります。

 世論調査からも分かるように法案は内閣支持率にも影響を与えつつある。・・・安保法制問題を機に世論の動向から目を離せない時節が来た。

 この人には、一般新聞のコラムで今自分が扱っている事柄について、何を語るべきか、政治学者としての倫理意識はないのでしょうか。

 実をいうと、私は前回もそうですが、今回も、前から知っている彼の東大総長という肩書について、また自信が無くなって、wikiで確認し直しました。

 こういう人だから総長になれた、というシニカルな言い方もあるかもしれません。が、建前とはいえ、知の巨塔の頂点にいたリーダーが彼だったということは、知性の名において恥じずべきことです。

 さて、唯物論についてですが、それは、「自分の意識から独立した外界の存在を認める立場」のことです。

 これは、レーニンが『唯物論と経験批判論』という本で書いたことで有名なものです。ただし、私自身はこの立場をとりますが、この本を読むことは薦めません。

 この本は、文庫本2冊の分量ですが、重要なポイントは、「自分の意識から独立した外界の存在を認める立場」ということです。それ以外は、私から見ると、レーニンが、攻撃的な口調ながら、自分がいかに博識であるかを、延々と語り続けているものと思います。

 少し脱線しますが、私から見ると、マルクスも、不必要に博識さが表に出ており、攻撃的な口調で書かれています。だから、かえってわかりにくいところ、わからないところが多いですね。私も十分博識であれば、皮肉やパロディ等のリズムが楽しめるのかもしれませんが。

 「自分の意識から独立した外界の存在を認める立場」が、何で社会科学において重要なのか、そのことを次回以降に議論します。