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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

大阪ダブル選挙敗北の意味

 大阪で起きていることは、全国で起きていること、起きることを反映しています。深刻な事態だと思います。

 どうしたらいいのか?

 結論を先に言いますと、基本的には大阪では、もっとこうすればよかった、こうすれば勝てた、というような特別にグッドなアイデアはありません。ただ、一つだけ言うとすれば、考えるべきは候補者の問題です。以下で、理由を述べます。

 戦争法反対闘争の時と同様に、危機意識--民主主義の危機、立憲主義の危機--が心ある人々の間には広がり、統一戦線的な選挙(知事および市長候補者の事実上の統一)がなされました。

 しかし、戦争法反対のデモが10数万人程度に止まり、国会で強行採決されてしまったことに示されるように、危機意識をはっきりと持つ人の数は限られています。

 この中で、戦争法反対運動を担った重要な部分であるSEALDsや学者達によってなされた、選挙に関わる主張が野党共闘でした。

 私は、彼らの主張はむしろ本来的に、反ファシズム統一戦線、立憲統一というものだろうと思いますが、現在の日本のように極端に「非政治化」し、極端に政治的内容の主張表明を嫌う社会では、彼らが政治的主張を持って存在し、マスコミに受け入れられるためには、「野党共闘」という方向を目指すというスタイルをとる以外なかったというふうに推察しています。

 しかしこのスタイルは、戦争法の廃止、民主主義を目指す、ファシズムをストップするという目的よりも、スタイル自体を強調するものとなりがちです。選挙民の目には、戦争法の廃止、民主主義を目指して、統一するというものではなく、従来の地方首長選に見られる自公民の野合、国会レベルでの自公の野合と同様のもの、新鮮さのないものと映ってしまう危険があります。

 マスコミは、絶対、民主主義と反民主主義の闘いだとは報じないので、上記の印象を拭うことは、条件によっては、かなり難しい事です。

 今回の大阪のダブル選挙は、大阪維新が自らを「改革勢力」として自己宣伝し、それに成功し、他方、自民から共産まで一緒になった勢力は、既存の野合勢力という印象を、多くの選挙民に持たれてしまうことになってしまいました。

 共産党は、「国民連合政府」を掲げて、それが戦争法廃止のための野党共闘であることを明確にしていますが、民主党の議論の仕方、マスコミの報道の仕方は、野党共闘という手段の方に焦点を当てています。

 したがって、今後も各種の選挙戦において、本来は民主主義か反民主主義(ファシズム)かという対立であるのに、単なる数合わせによる権力取りゲーム、従来のゲームの延長のような印象が振りまかれるという、同様の問題が生ずるでしょう。

 これに対抗するには、地方首長選においては、従来の政党間の野合、権力ゲームの延長という印象を断ち切る、新鮮で魅力的な候補者を立てることが最も有効だと思います。

 少し話が飛ぶようですが、わかりやすさのために、2014年都知事選のことに触れます。あの時で言えば、細川候補が最良だったと思います。細川が「新鮮で魅力的」か、宇都宮候補の方が多数票を獲得したではないか、という意見があるでしょうが。

 しかし、いずれにせよ、野党共闘というスタイルをとりながら、選挙における勝利を得るには、従来の政党間の野合、権力ゲームの延長という印象を断ち切る、新鮮で魅力的な候補者を立てることが重要である、という点については異論はないのではないでしょうか。