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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

歴史のすばらしい贈り物--日本国憲法(I)

 ブローグを書いていて、途中のまま次のテーマ(シリーズ)へと移ることが何回もありました。一つは、まわりの話題が変化していることがありますが、話が途中になってしまうより大きな理由は、そのテーマを調べていくと、もっと調べる必要がある、それから、と思っている内に、時間が過ぎていってしまうことです。

 調べ物をする時は、もちろん専門家の意見や提供する情報に頼ります。ところが困るのは、私が知りたいこと、私が問題としていることに対する答が、大事なところで欠けていることがしばしばあることです。

 何故、私の知りたいことと専門家の提供する意見や情報との食い違いが生じるのでしょうか。それは、私も自分の専門分野を持っているので、理由がよく分かります。

 専門家は、自分の解ける問題しか扱わないものです。それに、それは、その専門の仲間達が認める問題設定と解き方に従うものでなければなりません。一般に大学院での修行は、そうした問題設定と解き方を覚えることです。

 数学者の場合は、このことは非常に厳しい形で問われます。いくらすばらしい問題設定に挑戦しても、解けなければ、一生を棒にふることになります。

 17世紀に提出されたフェルマーの最終定理というのは、20年ほど前にやっと解かれました。が、この解決をめぐってどれだけの数学者が見返りもなく膨大な時間を捧げてきたことか、あるいは、その虚しさを慮って、この難題に挑戦しようという情熱を押さえつけてきたことでしょうか。

 このような専門の論理というのは、いい面、避けがたい面があります。ところがそれだけでは、いつの間にか、重要な問題が見失われていく傾向があるように思います。

 憲法についても、多くの学者がいて、研究が多くなされていますが、私から見ると、基本的なことで研究(議論)されていないことがあるように見えます。

 日本国憲法の制定過程について、このことを標題のシリーズとして、改めて議論します。