「芸術は政治だ!」--岡本太郎のこと(2)
今日は、「芸術は政治だ!」の本論に入ります。
上記の作品の写真は、東京新聞の記事(2016/08/21、文・森本智之/紙面構成・小林麻那)からのものです。
詳しいことは、この記事にあたるか、この美術館にいくかして尋ねてほしいのですが(ネタバレは、執筆記者に申し訳ないのでしません)、この絵の謎解きは、推理小説のように興味深いです。
左側の作品が「血のメーデー事件」を扱っていることは、15年前に指摘があり、作品解釈が一変したと書かれています。
その発表時期を見ると1954年ですから、メーデー事件の2年後です。岡本太郎が、このテーマを事件以来持続させてきたことがわかります。
さらに、右側の絵は1950年発表で、
太郎は当時「いったんチャックが開かれるとバカみたいなものになってしまう。この間、経験したばかりじゃないか」と話した。怪物は権力の象徴で、レッドパージが吹き荒れた社会への警告、とみることができる
(東京新聞2016/08/21、文・森本智之)
ということです。
岡本太郎が「芸術は爆発だ!」といったのを知っている人は多いと思いますが、こんなことは知られていません。
私も知らなかったので、あれっ、と感じると同時に、思い出したことがあります。
岡本太郎は、「原爆の図」とも呼ぶべき巨大な壁画をメキシコで描いていたのです。
私は1981年夏、家族とメキシコ旅行を楽しんでいました。
メキシコシティの真ん中に、当時「メキシコ・ホテル」(現在は「世界貿易センター」となっている)と呼ばれた大きな建物がありました。そこは、実際には長年ホテル営業を開始する事はなく(経営者の不都合があったようです)、 コンクリートがむき出しになっていて未完成の印象を与えたまま放置されていましたが、私達はふらっと中に入ってみる事にしました。
今は記憶が定かではありませんが、中に小さいお土産屋さんのようなものがあり、素焼きの鹿の背中に植物の種が仕込まれていて、水をかけると芽が出てくるようなものを買った覚えがあります。
それはおそらく一階で、同じ辺りに巨大な放置されたロビーのような空間があり、その周囲の壁にその「原爆の図」があったのです。真っ赤な太陽のような、原爆の爆発のようなその巨大なデザインは、何の用意もしていなかった私の目と体にいきなり飛び込んできました--鑑賞のためのライトアップというような事はなく、むしろ、薄暗いくらいだったような気もしますが。
胸がどきどきしながら、それでも少しずつ落ち着いて全体を見ていると、岡本太郎のサインがあり、何となく納得したような気持ちになりました。
このことは当時何人かの人に「あの辺りに行ったら是非行くといい」と雑談で話しましたが、おそらく誰も行かなかったのではないでしょうか。
「メキシコ・ホテル」は、東京タワーのような外観を持ち、地理的な目印としては、誰もが知っており、あるいは大きな中心道沿いにあるので、あの辺りを通る事は誰でもあることです。ただ、それは先にも書いたとおり開業しなかったままであり、特別な観光サイトでもなかったのです。
私達も、この壁画の「発見」の意味を全く理解していませんでした。おそらく、ホテルの建物の所有者が岡本太郎に依頼し、しかし、ホテルが開業されなかったためにそのまま忘れ去られてしまったのではないでしょうか。
ところが、その20年ぐらい後にこの壁画がいわば公式に「発見」され、日本に運ばれ岡本太郎の最大傑作(タイトルは「明日の神話」)として評価され、渋谷に展示されることになったのです。
実を言うと、この公式発見については新聞報道で知っていましたが、あまり、追いかけていませんでした。そして、今ここでこの件についてネットを検索しました。そして出てきたもののが、これらのサイトです。
https://www.1101.com/asunoshinwa/asunoshinwa.html
これらを見ると、私の記憶とこの壁画が一致するかといわれると、ずいぶん違う、というか、ほとんど絵、デザインそのものはほとんど覚えていなかった、と言うべきですね。いかに記憶というものがいい加減か、年齢による記憶力の減退を痛感します。
それから、ネット検索でやはりヒットして思い出しましたが、Chim↑Pom というアーティスト・グループが、2011年の原発爆発の時に、渋谷のこの壁画に、パロディのような形で、彼らの作品を付加しました。
原子炉建屋から黒いドクロの煙が上がる様子を、壁画と同じタッチで紙に描き、それを塩ビ板に貼ったものを壁画の一部として自然に連続するように設置。
http://chim-pom.syncl.jp/?p=custom&id=13339952
このことも、新聞で知っていましたが、あまり追いかけていませんでした。このサイトを見ると、当時、警察がこのことを知るや即時付加された彼らの作品を撤去し、罪状を「軽犯罪法と住居侵入」として、捜査を始めたと報道されていることがわかります。
私は、2013年の秘密保護法成立を安倍ファシズム政権誕生の画期と考えますが、2011年の原発事故以来、戦前社会に近いおかしな雰囲気が漂い始めたと感じてきました。
一番まずいと思うのは、新聞などがただ事実関係を報道するだけで--しかも、しばしば不正確に--批判すべきことを批判しないまま広めていくことの問題です。それでは、十分に考える余裕のない人々は、警察が言う「軽犯罪法と住居侵入」が正しいと思うか、あるいは、正悪は別としてともかく警察沙汰にならないことをよし、とする態度を強化させがちでしょう。
ところで、岡本太郎の壁画のタイトルは「明日の神話」でした。Chim↑Pom というアーティスト・グループが、それに「原発の神話」を加えようとしたことは、あまりに自然であるように思います。
サイトでは、「明日の神話保全継承機構」は、Chim↑Pomの行為を糾弾したとありますが、それはおそらく、あまりにこの付加が自然すぎたからでしょう。岡本太郎の芸術的世界の広さ、深さ、そして「芸術としての」権威を擁護したい「機構」としては、あまりにわかりやすく、世俗的、そして「政治的」すぎたのでしょう。
また確かに、「明日の神話」には原爆に抗う「明日」が描かれているのであって、そうした深遠なるものが込められた「神話」の意味を、汚されたくない、という感情もあるでしょう。
しかし、どう考えても、岡本太郎が自分が描く絵画、壁画という技法を持って、社会への発言をなしていたこと--政治問題を直撃するような内容を持った発信であったこと--は明らかです。
メキシコは、メキシコ革命運動に参加する芸術家達が、革命の大義を、壁画を通じて野外で直接に大衆に訴えようとしたことで有名な国です。そのことを岡本太郎が意識しなかったことはあり得ません。ちなみに、彼が壁画を描いた「メキシコ・ホテル」のすぐ隣に、シケイロス・ポリフォルムというやはり壁画家としても著名なシケイロスの美術館があります。
メキシコの地において、日本のアーティストとして何を描くべきか、その渾身の答がこのテーマ、この作品だったのです。
「芸術は爆発だ!」と岡本太郎が言う時、それは当然「芸術は政治だ!」でもあったと言わなければなりません。