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hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編3)--1970年代の「批判的」勢力・理論

 前回、普通の人々が何故新自由主義を支持したか、という問題を大雑把な社会心理の角度から議論しました。

 「普通の人々」で言いたいのは、広範・多様な人々ということです。

 しかし、数の面から見れば絶対的に多数ではないが、思想的・イデオロギー的に影響力を持つ人々、勢力の存在という角度からも捉えておくこと、特に体制批判派と呼ばれるような運動・思想をとらえておくことが、新自由主義の広がりを理解する上では重要です。

 まず、資本主義が福祉国家となった時、そこで提供される福祉がすばらしい、と単純にプラスの側面だけを見たかつての左派は、基本的に資本主義支持派に変わりました。

 他方、いわゆる体制批判派(左派)として残った人々の間では、1960年代半ばから福祉国家批判が主張され、影響力を持っていましたが、その論点は、「主体性論」「疎外論」でした。

  ハーバマス、イリッチ等は、公共性や主体性が福祉国家によって独占される状態を批判的に描き出し、市民がいかに主体性を取り戻すか、という問題の提起、その解決策の模索を行なっていました。

 私が大学に入ったのは1970年代ですが、高校時代も大学に入ってからも同級生の過半数が(というように数的な視点でいうより、集団として、世代としてといった方がぴったりきますが)主体性という言葉、それがかもしだす雰囲気に非常に敏感だったと思います。

 あの当時の雰囲気を適切に表現する言葉が見つかりませんが、あえてその特別さを強調して表現するとすれば、疎外から逃れて主体性を求める宗教的求道心ともいうべきかもしれません。

 マルクスの文献の中でも、『経哲草稿』の疎外論が人気でした。その読書会をやろうと別に政治的でもない同学科の学生が言い出して、一緒に読んだ覚えがあります。

 国家が提供(媒介)する福祉そのものは外見上は「良きもの」に見えるが、福祉そのものの善し悪しよりも、国家による支配の浸透に注意を向ける、という形で「批判性」が展開されたのです。

 何故新自由主義が広がったのか、ということを論じるには、このような「批判派」の問題をも論じる必要があると思って書き出したのですが、書きながら、確かに単なる回り道という以上の重要性があると感じ始めました。

 1970年代は、いわゆる「古典的な」マルクス理論に対応した労働運動(階級闘争)とは異なる「新しい社会運動」--公害反対運動、女性解放運動、少数民族運動--が興隆しました。

 それらは、(労働者)階級の主体性という抽象的なものよりも、より身近なレベルで主体性の回復を実感させるものであったともいえます。

 さらにいうと、労働者階級の主体性といった概念は、例えば、ルカーチの「階級意識」の議論では核心的な重要性を持ちますが、実際にそれを担うのは、実際には共産党労働組合の幹部となってしまっていることに対する強い懐疑・反感が、かなりの人々に広がっていました。

 当時、新左翼極左派・ラディカル派)と呼ばれた人々は、「既成左翼」批判、既成左翼リーダー批判に非常に熱心な人々でした。

 また当時、大学において全共闘を称した人々は、必ずしも政治思想的に明確なものを持っていないことをしばしば明言し、その賛同者達もしばしば「ノンポリ(ノン・ポリティカル)全共闘」と自称していました。

 しかし、新左翼全共闘は、その行動や心情において共通することが多かったのです。そこには既成左翼批判があり、さらにその根底には自己疎外感・主体性喪失感に対する不安・いらだちがあったように思います。

 私は、日本での私自身の経験を念頭においていますが、大雑把にいえば、世界的に同じ傾向があったと思います。

 そして日本での影響を含め、ここで論じていること、福祉国家の問題、新自由主義のひろがりの問題を考える上で、どうしてもフーコーについて触れておく必要があると思います。

 どんど回り道になっていますが、次回に、フーコーについて論じます。

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編2)--新自由主義は何故広まったか

 新自由主義は、上級の国家官僚と資本家階級にとって好都合のものです。それが資本家階級にとって好都合であることは、説明を要しないと思います。

 ところが、新自由主義が小さい国家というような言い方をされるために、それが上級官僚にとって権力強化の意味があることが見逃されてしまいます。

 行政活動の擬似市場化というような表現によってごまかされますが、それは、国家の領域を減らしているというよりも、コントロールや決定の影響力や範囲を、行政の中間や末端から国家中央へと実質的に集中させる統治のテクノロジーです。

 特に、福祉や教育など国民生活に直接関わる部分においてプロフェッショナル、半プロフェッショナルな人々の数が増え、それが福祉国家的な行政と密接な関係にある時、行政の中間や末端は、中央からのコントロールが困難な一定の自律性を帯びてきます。

 しかし国家の経済力の減退の中で、上級官僚にとって、福祉国家的な財政の拡大をストップし、国家権力による集権的なコントロールを取り戻すことは必至の命題になります。

 コンピューター関連のテクノロジーの発展という現実は、新自由主義の様々な概念や方法を、現実化して運用する方法を与えるようになってきました。例えば「擬似市場」「点数評価」というようなものを考えることは、はるか昔からありましたが、それは机上の空論に止まらざるを得ませんでした。コンピューター関連のテクノロジーの発展が、その現実化を可能としたのです。

 コンピューターのような物的手段ばかりでなく、社会組織や情報収集・処理に関わる技術(社会技術的手段)の発展が付随していることはいうまでもありません。

 例えば、「擬似市場」の形成に関わる「点数評価」は、そのために設置された「専門家委員会」が行なうようになりますが、それらは、いずれも一種の社会技術です。

 そうした委員会の実際の機能は、福祉国家的な社会の中で自律性を帯びてきたプロフェッショナル、半プロフェッショナルな人々や行政の中間・末端レベルが実質的に持つに至った権力を、「本来」の権力者である国家中央と資本に取り戻すことに貢献することです。

 ですから、世界中で国家官僚と資本家が一緒になって新自由主義を採用したのは当然ですが、なぜ、普通の人々もこれを支持したのでしょうか。

 新自由主義は、最も広く深く浸透し、長期化しています。(あるいは、長期化していましたが、今やそれは、国際ファシズム体制へと移行しつつあります。)

 何故でしょうか?

 人々の心理に沿って、福祉国家の意義を考えながら議論しましょう。 

 一番大きな理由は、人々は新自由主義を支持したのではなく、資本主義を支持、信頼したということです。

 1970年代に福祉国家体制が困難を迎え国際的に凋落を始めた時に、しかし特に先進国では事実上資本主義以外の選択肢は存在しないように見えました。

 失業がないといった社会主義の魅力は、先進国における福祉政策で輝きを失っていた上、社会主義国における様々な政治抑圧、人権侵害が深刻なものとして知られるようになっていました(柄谷行人  2006.『世界共和国へ 資本=ネーション=国家を超えて』岩波書店)。

 他方、福祉国家という成功体験は、非常に大きなものでした。そして大半の人々にとって、この成功は、福祉政策の成功というよりは、資本主義の成功ということが根源的なものでした。福祉国家の成功は、資本主義の成功の成果に過ぎないものでした。

 であるならば、資本主義の中でなんとかうまい策を見出して、どうにかまた昔の繁栄を取り返そう、ということになったのです。

 福祉国家が行き詰まり新自由主義へ至る過程で、いくつかの経済政策(経済理論)が唱えられ、試みられました。世間の人はどんな政策や「理論」があったか思い出せないでしょう。意地悪くいえば、いずれも経済学者、いわゆるエコノミストが商売の種にした上で、長期的に見ればいずれも失敗して、最後に新自由主義が採用されたのです。

 それは、資本主義に信頼を寄せる人々にとって、これまでの失敗してきた理論と違って、最も「原理」的な単純さを持って、資本主義の「真理」を説いてくれたのです。

 私は、この「真理」「原理」は弱肉強食であると言います。そして人々も潜在意識のレベルはそのことを認めているのではないでしょうか。

 ただ新自由主義は自らはそこまで露骨な表現をしないで、「夢」を与えたり、同意を得やすい言い方、学問的な理屈らしい表現など、スマートな方法を用います。 

 他方、福祉国家は、このような「真理」の対極にある「虚偽」「失敗」としてイメージされます。それこそが、資本主義のすばらしさを台無しにする真犯人とされます。

 以上述べたように、歴史的に見ると福祉国家は矛盾する2つの形で、人々の間で新自由主義が広がることに寄与しました。第1は、資本主義のすばらしさを具現化したものとして、第2は、その失敗を具現化したものとして--つまり、本来資本主義うまくいくはずなのに、うまくいかない理由を与えてくれるものとして--です。

  しかし、怠け者が寄生する体制という福祉国家批判に同意する人々が「回想」するところの、働けば働いた分だけ豊かになる社会というのは、歴史の実際を振り返れば、むしろ福国家時代にのみ実在したものです。

 次回以降に議論を続けます。

  

グローカルな実践と理論--資本主義の危機あるいは終焉(理論編1)

 今まで、このブローグの異なった箇所で、予告しながら延ばしてきた理論的な問題を、ここでまとめて議論します。

 今回のタイトルは「グローカル」となっていますが、焦点はインターナショナルな方にあります。

 資本主義の危機ということを論ずるに参考となる(なりそうな)文献として、

①水野和夫 [2014]『資本主義の終焉と歴史の危機』集英社

②ヴォルフガング・シュトレーク [2016]『時間かせぎの資本主義―いつまで危機を先送りできるか』みすず書房

があります。

 ①はざっと読んだのですが、まだ②は読んでいません。 

 ②を読んでから、①ももう少しゆっくり読んでから、資本主義の危機を論じようと思っていましたが、現時点で考えをまとめておくことにします。

 私は、世界的な資本主義の危機は、3回あったと思います。

 1回目の危機の兆候は、1929年世界恐慌という世界的な規模の危機としてはっきりと認識されています。それに対応して、世界的な福祉国家体制が形成されました。それは、資本主義の生命力を示すもの、論者によっては、本来の資本主義の姿を示すもの、と見られてきました。

 2回目の危機の兆候は、1971年の金とドルの交換の停止が最初で、戦後の国際金融(ブレトンウッズ)体制の崩壊の第1歩が始まりました。その後福祉国家体制の崩壊が進み、新自由主義体制が形成されます。

 新自由主義の経済的本質は、たんに野蛮な資本主義のことです。先進国でも、労働者の実質賃金が低下し、労働時間が上昇する、ということが局所的、一時的ではなく、広く見られるようになりました。つまり福祉国家体制以前に戻ったわけです。

 また、新自由主義は、経済的な原理であるという誤解があります。これは、間違いで、国家による統治の様式、統治テクノロジーであり、それは権力のある者がより弱い者を支配するという、弱肉強食の原理のことです。その中に、先に述べた経済的野蛮な資本主義が位置づけられています。

 3回目の危機の兆候は、2008年に始まったリーマンショックです。それへの資本主義としての対応は、現在までの極右勢力の国際的な台頭によって特徴づけられます。「〇〇主義」というように表現される、まともな原理的(普遍的)なものはありません。

 あるいは、これをファシズムと呼ぶことができると思います。ファシズムの定義については、このブローグでも何回か解説してきましたが、それをさらに少し緩めて広い概念として理解することが自然のように思うようになりました。

 私は、このファシズムをソフトに表現したものが、「〇〇ファースト」というものと理解しています。しかし、現在の形成されつつある世界的な体制を、「〇〇ファースト」体制と呼んでは、この体制の危険性が表せません。この「〇〇ファースト」とという表現は、ファシスト的な彼ら自身が、自らを隠すために用いている隠れ蓑なのですから当然です。

 私は、現在の資本主義の危機に対応して形成されつつある国際的な体制を「国際ファシズム体制」と呼びたいと考えます。

 この点について説明が必要ですが、その前に、何故資本主義の危機なのかを議論しておきます。

 まず、マスコミを見ていますと、自由貿易保護主義かという論建てが横行していて、何と安倍首相が自由貿易のリーダーのような扱いがなされています。

 これは安倍政権の支持率が上げる一つの重要な要因となっていると思います。ですから、理論的な見方というものはとても大切です。

 資本主義の危機という観点から見た時、新自由主義体制と国際ファシズム体制は連続しています。

 その本質は、マルクスが指摘した利潤率の低下です。上記の水野氏の本は、利潤率の低下は利子率の低下という形で如実に現れているといい、そのことを歴史的な規模で議論しています。

 (これに対し、ピケティの『21世紀の資本論』は分配の問題を扱っていて、本質的な意味での資本主義の危機論にはなりません。)

 この利潤率低下という資本にとっての本質的な危機に対し、新自由主義が「救世主」として現れたのです。それは、それを様々な形で信奉する経済学者達によって美しいもの、合理的なものとして吹聴されました。競争で効率と活力が生まれる(再生する)というのです。

 これは、実は国家を柱とし市場を自由空間とする弱肉強食の主義です。利潤率の低下圧力が切迫しており、福祉国家体制が維持できないという経済的な現実の前では、国家官僚や資本家階級にとって合理的なものでした。

 私は上記のことを、「グローカルな連帯」と英国のEU離脱(4)--資本主義の危機でも論じています。

 それは同時に、弱肉強食の原理を美しい言葉と数学染みた式や記号で人々をけむに巻くものでした。

 新自由主義というイデオロギーの下に、人々を活力再生の夢に動員することが世界中で行なわれました。 

 この新自由主義の本質を捉えなおすことは、むしろ国際ファシズム体制の誕生とともに容易になったと思います。

 特に、新自由主義の国際版であったグローバリズムは、アメリカを中心とするブロック経済形成の運動であったことを、明確にする必要があります。

 実際そのようなものがあったのか、存在しうるのかといったことを別として、第2次世界大戦後に唱えられた自由貿易主義とは、2つの大戦の前に存在したブロック経済圏形成への反省として、文字通り世界すべての国の間の平和的な関係を作り出す基礎としての互恵的経済関係、互恵的自由貿易体制を形成しようとするものでした。

 しかし、そのような自由貿易主義と新自由主義は異なります。例えばTPPが典型ですが、それがアメリカの資本の都合を最優先にしたものであることは明らかであり、また、それに属さないものに対する排他性(ブロック性)を持つことも自明です。

 これをグローバリズムのようにマスコミは言いますが、それは要するにいわゆるグローバリズムがアメリカ中心のブロック形成の運動であることを意味しているだけです。

 もちろん、このブロックとは、たんに経済的な意味だけを持つのではなく、軍事的政治的なブロックでもあります。

 新自由主義が資本主義の危機への対応として有効性が維持できたのは、アメリカのリーダーシップの力が大きく、また各国における資本家階級のリーダーシップの力が大きかった間だけです。

 では、本質的に野蛮な資本主義であり、弱肉強食の新自由主義が何故有効性を維持できたのでしょうか。どのようにアメリカのリーダーシップや各国の資本家階級のリーダーシップの力が維持されたのでしょうか。

 この点を次回に論じ、資本主義の真正の危機、あるいは終焉の議論に続けます。

 

グローカルな実践と理論--実践編

 前々回(http://hajimetenoblogid.hatenablog.com/archive/2017/01/17)の記事「2017年の始めに思う(2)--反戦運動、労働運動、市民運動の国際的な連帯の表明を--その1」に、touitusensenwoさんから、2つのコメントをいただきました。

「現在の労働者は本当に分業の中で働いている、日々の生活を送る中では、世界の労働者との連帯を思うのは難しいのではないか?」

「国際的な連帯も必要と思いますが、その前に労働運動の立て直しが必要ではないでしょうか」 

 というものです。

  その時のブローグでは、理論的な考察を行なうと予告しましたが、先にいただいたコメントに沿って、実践的なことについて議論しておきます。

 私は、現在労働運動の指導者でも積極的な参加者でもありませんが、ともかく、私の考えを述べます。

 私は流行語を安易に使うのが好きでないのですが、「グローカル」という言葉には大事なこと--より深めていく価値のあること--が詰め込まれていると思います。

 社会運動の大きな流れとして、一方で身近なことに目を向けよう、というものがあり、他方で国家が作る境界を超えて連帯しよう、というものがあり、両者を統一したものが、グローカルな運動と呼べるでしょう。

 私は、グローバルな資本の動きを完全にストップさせるべきである、という立場には立ちませんが、それを規制すべきである、という立場に立ちます。

 その規制の最重要の原則は、「世界的な最低限の労働条件の遵守と向上」です。

 このような原則、スローガンは、実践的な魅力に欠けるでしょうか?

 そんなことはないと思います。例を挙げましょう。

 各国の最低賃金のアップを求める労働運動同士が、お互いに運動を支持し合うこと、それを表明すること、は、可能で効果的で魅力的ではないでしょうか。

 例えば、デモの先頭の車の屋根に大きなスクリーンをセットします。最低賃金アップを求める日本のデモでは、韓国、アメリカ、ヨーロッパなど、世界中の可能な国の労働組織と連絡をとって、そのデモの時間帯に、リアルタイムで支持の発言・画像を送ってもらいます。

 "  I'm Ree, Mac worker in Korea.  I support the Japanese workers' demand for the minimum wage up. We never loose! (私は、韓国のマックで働いているリーです。日本の労働者の最低賃金upを支持します。我々は絶対負けない!)"

 " I'm ....................... "

    " I'm ....................... "

    ...............  

 

 逆に、海外の運動に対しては、同じように日本の労働者が、リアルタイムで、支持の表明を行うようにします。

 「私は佐藤です。日本の松屋バイトをしています。一緒に、最低賃金のアップをめざそう」

    「私は〇〇です・・・」

 「私は〇〇です・・・」

      ・・・・・

 

 分業によって分断されている労働者、国境によって「敵対」させられる国民、疲労と御用化したメディアによって思考力と感性を奪われている労働者・市民のお互いに、単純明快、ビビッドな連帯のメッセージが伝わるのではないでしょうか。

 そうした連帯の実際的な感覚を常識化、日常化していくことが、ファシズムに抗していく、グローカルな実践です。

 

 

 

 

 

 

 

朝日新聞にまたしてもびっくり--極端な二重姿勢は、社内外から言論の力を奪い、無気力を蔓延させる

「自由な報道による権力の監視は、民主社会を支える礎の一つである」

 

「権力と国民のコミュニケーションが多様化する時代だからこそ、事実を見極め、政治に透明性を求めるメディアの責任は、ますます重みを増している」

 

 冒頭に引用したのは、2017年1月29日朝日新聞社説「米政権と報道 事実軽視の危うい政治」の最初と最後の文です。

 私の理解では、ジャーナリズムの基本は、事実への固執であり、その事実への固執を軸とした権力からの自立です。ジャーナリズムにとっての言論の自由とは、それが核であり、あるいはそれがすべてに近い、と考えています。

 ですから、冒頭の引用の内容はまさに正論であり、今の情勢の下では、力づけられるものとして称賛を表明したいところです。

 ところが、実際問題として、安倍政権に対して朝日新聞がとっている態度、行動はどのようなものでしょうか。それは、これと正反対の方向への紙面づくり、言論活動であると感じます。山崎氏は、次のように指摘しています。

社説でいくら立派なことを書いても、日々の紙面では「事実軽視の政権追従記事」を平然と載せ続けるようでは、外と内の二重基準がさらに無意識化するだけだろう。米国の政治状況を心配する前に、日本国内の政治状況の危機を直視して、かつての朝日新聞がやっていたように、権力監視を再開してはどうか。

 

 このことは、山崎氏や私のように外にいる人間ばかりでなく、社内でもかなりの人(もっといえばほとんどの人)が感じているのではないでしょうか。

 

 前回、朝日新聞デジタルヘッドラインの記事を批判しました。

 そして、その後新聞報道などでは、冬季アジア札幌大会の組織委員会が25日、大韓体育会(韓国オリンピック委員会)に対し、書籍を撤去する方針を公式に伝えた、とされています。

 そこでもう少し、ジャーナリズムの重要性という観点から、この記事に関して付加的な議論を行ないたいと思います。

 いかに①朝日新聞が、ジャーナリズムにふさわしくない後ろ向きの姿勢を示しているか、②朝日新聞のこの記事が、事実から逃げようとしているか、その結果、この問題を現在形で考えるための材料を提供していないものとなっているか、を指摘します。

 まず、第1の論点です。

 私が前回取り上げた日のデジタルヘッドラインは、メールのタイトルが

 

南京事件に否定的な本 中国でホテル批判

 

というもので、このメールを開き、さらにこの記事にあたる部分をクリックすると、この記事が出て、内容を読むことができるようになっています。

 ところが、この記事のタイトルは、

 

アパホテル南京事件否定の本 「 右翼ホテル」 中国報道

 

となっていました。 

 

 最初のタイトルを、メール・タイトルと呼び、次のタイトルを記事タイトルと呼ぶことにします。

 私は、前回のブローグで、メール・タイトルの「南京事件に否定的な本」は、意味不明だと批判しました。記事タイトルの「南京事件否定の本」ならば、これが「南京虐殺(という歴史的事実)否定の本」のことであると推察がつきます。しかし、南京事件に否定的な本」では、全く逆の意味--南京虐殺という歴史的な残虐行為を批判的に描いた本--であることもあり得るので、私は意味不明だと述べました。

 何故、記事タイトルが南京事件否定の本」なのに、メール・タイトルは、「南京事件に否定的な本」に変わってしまっているのでしょうか。

 字数でいうと、後者の方が2文字増えているので、字数短縮のためという理由は成り立ちません。

 大変微妙なこと、つまらないことのように見えますが、そこには、朝日新聞の姿勢を理解し、さらにジャーナリズムのあり方を考える上で、重要なことが反映されているように思います。

 おそらく、この記事の署名者達ではなく、いわゆるデスクにあたるような仕事をしている人(達)が、元の記事タイトルを、このようなメール・タイトルに変えているのでしょう。

 私は、前回、新聞のヘッドライン、見出しというものに、その新聞のセンスが縮約される言いましたが、改めてこのことを確認したいと思います。

 では、配信のためのメール・タイトルを作成した人は、何を考えてこうしたタイトルの変更を行ったのでしょうか。

 事実として、メール・タイトル作成者は、新しく「南京事件に否定的な本」という微妙な意味不明の言い回しを「発明」しました。記事タイトルから、「アパホテル」という固有名詞を削りました。それから、「右翼ホテル」というどぎつい表現も削りました。

 記事タイトルは全体として長すぎたので、短くするためにそうしたのでしょうか?私はすでに、南京事件に否定的な本」という表現が、長くなってかつ意味不明になっていると指摘しました。

 仮にタイトル全体としての長さだけが問題あったとするならば、例えば、

 

南京事件否定の本 中国でアパホテル批判

 

とすれば、自然であったし、長さも丁度同じになります。

  私は、メール・タイトルは、全体として事実を「なるべくわかりにくく」したもの、アパホテルのオーナーを含む南京虐殺否定論者からの攻撃を避けるために、「マイルド」な表現に変えた結果だと推察します。

 実際問題として、メール・タイトルを「工夫」したところで、記事を開けば記事タイトルが出てきて、アパホテルの名前も出てくるわけです。ですから、この「工夫」ははっきりと意識されたものというよりも、半ば無意識になされている可能性もあります。

 しかし、デスクにあるような立場の人(あるいは、メールタイトルを作成する立場の人)が、記事やそのタイトルの形で現場から上がってくる、事実自体が持つ緊張や重みを「マイルド化」して、意味不明のものにするというのは、やはり近年の朝日新聞の姿勢をかなりよく示していると思います。

 第2の論点に入ります。

 まず面白いことに、

 

アパホテル南京事件否定の本 「 右翼ホテル」 中国報道

 

という記事タイトルは、この記事の内容がアパホテルの擁護の姿勢を持っているにも関わらず、問題の所在を鮮明に示すものとなっています。つまり、アパホテル南京虐殺を否定する本があるので、それが「右翼ホテル」という批判を呼びおこすことになった、という簡単明瞭な事実を直截に示しています。

 3名の署名記者達は、意識的か無意識的かわかりませんが、問題の所在がそこにあることをいやでも感じざるを得なく、認めざるを得なく、それ故に、この記事のタイトルが、どうしてもこのようなものとなったのでしょう。

 問題の所在がここにあるということは、BBCニュースの同じ問題を扱ったタイトルからもわかります。それは次の通りです。

 

Japan hotelier's Nanjing massacre denial angers China

(日本のホテルオーナーの南京虐殺否定が中国を怒らせる)

 

 このタイトルは、朝日の記事タイトルとほぼ同じですね。

 BBCニュースの記事は、このタイトルに沿って、「ごく普通に」何故、これが大問題となるのか、今回どのようにこの問題が現れてきたのかを簡単に解説しています。

 ところが、朝日新聞の記事は、この問題の所在の重さに耐えかねるかの如く、一生懸命、言論の自由表現の自由、経営の自由、営業の自由という言い訳を対置してくれています。

 私が、ここで「言い訳を対置してくれています」と書いたのは、日本人のかなりの人の間にある感情--つまり、観光学の先生や記者達のいうところの「『騒ぎ』や『騒動』はもう勘弁してくれ」という気持ち--を「理屈」の形をとりながら、代弁していれているということです。

 しかし、にも拘らず、いざ記事にタイトルをつけるとなると、このニュースが発生してきた文脈、つまり過去から現在までの事実やその評価をめぐる議論の重みを自ずと反映するものにする他なかったのです。

 ジャーナリズムにとっての事実の核心的な重要性は、デマ(社会に対し、事実を捏造し、あるいはないものとしようとする言動)に対する徹底した批判が必要であることを導きます。

 デマが流れるのは、すでに言論の自由があること、それが守られていることを意味します。言論の自由が存在し、守られているからこそ、デマが作られ、流れることができるのです。

 そうした中で、私達(ジャーナリズム)がなすべきことは、デマが事実に反するものであることを明らかにして、徹底的に批判することです。

 それこそが、言論の自由を守る道です。

 逆に、デマを「言論の自由」の名の下に擁護することは、デマへの批判者を「言論の自由」への敵対者に作り上げることです。これは、常にデマの作成者がやってきたやり方です。

 デマへの批判を「言論の自由」の名の下に封じることこそ、言論の死、事実を探ることを使命とするジャーナリズムの死を意味するのではないですか。

 南京虐殺という歴史的事実は、虐殺された人の人数の不確定、不一致によって、ないものにすることはできません。それをなかったものとするのは、デマではないですか。

 3人の記者がデマであるかどうか断言する確信がなかったとしても、ジャーナリストとしてのセンスを持っていたなら、事実を大切にする方向に調査と記事内容が向かっていたでしょう。

 冬季アジア札幌大会の組織委員会の決定は、様々な経緯はあるでしょうが、本質的には事実の重み、その評価の議論の重みという文脈から理解されるものでしょう。

 朝日新聞は、どんどん読者の理解に貢献するための情報提供から遠ざかっているように見えます。そして、冒頭の社説とここで批判したアパホテル記事に見られた極端な二重姿勢は、社内外から言論の力を奪い、無気力を蔓延させるものとなっています。

 

朝日新聞デジタルヘッドライン「南京事件に否定的な本 中国でホテル批判」にびっくり

 ネット上に、朝日新聞デジタルヘッドラインというのがあります。その1月19日のヘッドラインに、「南京事件に否定的な本 中国でホテル批判」というのがありました。同じこの本のことを東京新聞の見出しでは、「南京虐殺否定の本」となっています。これだと意味がわかりますが、朝日新聞の「南京事件に否定的な本」というのはどんな本か、意味が不明です。

 ヘッドライン、見出し、というようなところにその新聞のセンスが縮約されており、南京虐殺の事実の認定を避けようとする朝日新聞の姿勢が、よく現れています。

 しかし、さらに中身を読んでみて驚きました。延与光貞、川口敦子、岩崎生之助の3氏による署名記事で、見出しだけでなく、記事全体が南京虐殺の評価を避けるだけでなく、一件「中立」を装いながら、積極的にアパホテルを擁護する工夫に満ちたものになっています。

 その「論理」を追うと、南京虐殺については、中国政府のいう被害者数に対して、日本政府が「どれが正しいかの認定は困難」としていると紹介し、続いて、アパグループ言論の自由の主張が紹介されます。他のコメントする人々からも、営業の自由、表現の自由、経営の自由という言葉が、短い記事の中に次々と出てきて、アパグループの行為が擁護され、それを通じて事実上その主張内容まで擁護されています。

 中身と関係なくこうした自由を主張することによって、中身まで正当化できるかのやり方は、言論人として最も恥ずべきことだと思っていましたが、ジャーナリストと名乗る人達が堂々とそれをやっているのです。

 ホテルや刑務所等に、聖書を配る団体の話が出てきて、聖書をおいたことによって感謝されている例も紹介されています。これも、宗教の本があっても感謝されることもあるくらいなんだから、政治的主張の本があってもいいではないか、ということを言いたいのでしょう。中身を問わないまま、自由があるから批判はするな、というのはおかしな議論です。 

 この記事は、論理がありません。

 2020年東京五輪パラリンピックに向け、海外から多くの観光客の訪問が見込まれるなかでの今回の騒動。外国人観光客の旅行事情に詳しい広岡裕一・和歌山大教授(観光学)は「明らかに公序良俗に反するならともかく、ホテル側にも表現の自由、経営の自由がある。不快に思う人には泊まらないという選択肢もある。騒ぎすぎるのも良くないのではないか」と話す。

 「騒動」というのが、この3記者の認識であることがわかります。さらに、この「騒動」は、観光客の多寡という文脈の中におかれます。観光学の先生が「外国人観光客の旅行事情に詳しい」という理由で、コメンテーターとして採用されます。この先生の結論は「騒ぎすぎるのも良くないのではないか」ということですが、何が良くないのでしょうか。騒ぎすぎると観光客が減るのが良くないということか、つまらない話題をマスコミは取り上げるな、ということなのでしょうか。

 それも十分ありますが、それだけではなくて、このホテルに対する批判を営業の自由に対する妨害として認識していて、ホテルに対する批判自体を封じたいようです。

 ここで、「選択肢」として個人として泊まらない(黙ってそれだけして、その後も黙っている)という行動があげられています。一方的にこうした「選択肢」が限定されるわけですが、私たちには本来的にもっと広い「自由」があります。

 もし、自由という論点での議論をしたいなら、ホテルによる表現の自由を用いた表現内容に対して、今回の動画を使ったような批判する自由があり、営業の自由に対して、事実や倫理に基づいた買・不買の個人的判断、さらに不買運動の自由もあるのです。

 新聞のような現在形で社会性を持った言論機関は、形式的に自由を議論するのではなく、主張の内容の妥当性をジャーナリストらしく追求すべきでしょう。そうすれば、不買運動が「正しい」のか、それが「不当な営業妨害」なのか、読者の判断に寄与することができるでしょう。

 朝日新聞、あの3記者は、そうしたアプローチを避けることによって、アパホテルの味方となっている、そのように私は思います。

 

 

2017年の始めに思う(2)--反戦運動、労働運動、市民運動の国際的な連帯の表明を--その1

最初に少し脱線します。

 咳が少し出るのが続くので、近所の耳鼻科に行きました。待っている間に、漫画が目に入って、適当に手にとると、<佐伯かよ>の『緋の稜線』第5巻で、惹き込まれていきました。作家も作品も全く知らなかったのですが、奥付を見ると、この巻の発行年は1989年となっていました。

 自分の髪の毛を黒くしようとして墨を塗るこどもを、胡桃沢教授が「君はハーフではなくて、ダブルなんだ。これからの時代は君のような人を求めている。時代が求めているから君のような人が存在しているんだ」と諭す場面があります。

 ただ「ダブルだ」というのではなく、時代が積極的に要請している存在として表現しているところに、作者の姿勢の深さを感じます。

 この作品は、1994年に日本漫画家協会賞優秀賞をとっていますし、1993年に慰安婦問題に関する河野談話が、1995年に終戦50年の村山談話が出されています。また、このブローグでも触れましたが、2000年に河野外務大臣によって、第2次世界大戦時、ビザを発行して大勢のユダヤ人を救った杉原千畝の名誉回復がなされています。

 今振り返ってみて、日本において、リベラルな社会的、政治的な流れが結晶化して表現されたのはこの頃までです。

 脱線が長くなりそうなので、言いたいことをまとめます。

 現在アメリカの大統領選におけるトランプ当選に示されるように、極右の台頭は日本だけの現象ではなく、世界共通のものです。

 しかし、日本の現象は、その現れ方、表現の仕方がいかにも日本的で、節目や「角」というものが不明確で、いわばだらだらと前後が続いていきます。気をつけて社会科学的な見方をしようとしないと、歴史的な事件、事柄の意味がわからないまま、その時々の流れに流されていってしまいます。

 ですから、日本の社会的・政治的な事柄は、むしろ無理やりにでも論理的で普遍性を持った枠組みで捉える努力が必要だと、この漫画を読みながら、改めて感じました。

 さて、「2017年の始めに思う」と題して、その第2の論点を書きます--もう、1月の半ばを過ぎてしまいましたが。

 まず結論を言いますと、国際連帯を表明する必要性です。

 本当は、国際連帯の「表明」ではなく、国際連帯の「実現」「実行」であるべきです。しかし、それはたいへん難しく、すぐに実行はできないことも多いと考えます。それでも最低限、「表明」ならできます。

 たんなる口先の表明は無意味だ、という意見もあるかもしれません。が、現在のように世界各国で極右がさらに力を持とうとしている時に、これに反対する勢力が、積極的に国際連帯を表明することは、それだけでも必要で有意義なことと考えます。

 具体的に問題を考えましょう。トランプは、工場を米国内に作れ、と言っています。これに対して、私達はどう対応したら良いのでしょうか?メキシコ人やメキシコ政府は、このアメリカの政策に直撃されると見られていますが、彼らはどう対応しているのか、あるいはどう対応したら良いのでしょうか?

 ヒットラーナチス政権は、アウトバーン道路の公共投資策やフォルクスバーゲン計画等によって、深刻だった労働者の失業問題を解決し、その支持を揺るぎないものにしていったと言います。

 封馬達雄  2015.『ヒトラーに抵抗した人々:反ナチ市民の勇気とは何か』(中公新書)(8-9ページ)から引用します。

 

国民大衆には、失業不安と見通しのない生活の解決が最大の関心事であった。誰もが社会的な転落と窮乏の不安をかかえていた。若者たちは恋人がいても結婚できず、夫婦は安心して子どももつくれなかった。中間層の人びとには、物価が数千倍になり通貨が紙くずになった一九二〇年代前半のハイパーインフレの体験が、トラウマとなっていた。失業苦にあえぐ人びとは、ヒトラーが経済問題を解決してくれるように切望していた。彼らがナチ党に期待し支持したのもそのためであって、過激な反ユダヤの人種論を打ち出すナチ思想に共鳴したからではなかった。ヒトラーは終始平凡な一般女性たちの高い支持を集めていたが、彼女たちの回想からもヒットラー支持が失業問題の解決と直結していたことがわかる。

 

 ナチスに限らず、戦前日本の歴史研究書を見ても、現状が驚くほど当時と重なっています。そしてそれにも関わらず、警鐘を鳴らすメディア、人々が少数派であることも驚きです。

 ただ、安倍政権に批判的な人々が、失業問題をどのように捉えるのか、トランプの雇用政策をどう捉えるのか、そういうことを論じたものが私の目には入ってきていません。歴史を見れば、この問題の決定的重要性が明らかであるにも関わらず、です。

 私自身も、決論的にどのような政策がとられるべきなのか、具体的に述べられませんが、しかし、はっきりしているのは、各国の労働者がナチズム、ファシズムのような形を典型とするナショナリズムにとらわれていくのではなく、労働者の国際的な連帯の方向をまず宣言し、それを実践的に模索しながら、実現・拡大していくべきということだろうと思います。

 以前、このブローグでグローカルな連帯の必要性を述べましたが、基本的にはそれと同じことです。

 次回に、この問題をさらに、理論的な角度から深めて論じたいと思います。