hajimetenoblogid’s diary

このブログは、反安倍ファシズムのすべての人々と連帯するために、米村明夫が書いています。

「気分はもう戦前?」--三浦瑠麗氏の議論批判II--民主主義・平和運動の成果の「盗人達」

 前回の続きです。

 三浦瑠麗氏の東京新聞2017/08/12)における主張を再掲載しておきます。

 

 まず、「戦前回帰」を心配する方々が思い描く「戦前」のイメージに不安を覚えます。

 大日本帝国が本当の意味で変調を来し、人権を極端に抑圧した総動員体制だったのは、一九四三(昭和十八)〜四五年のせいぜい二年間ほどでした。それ以前は、経済的に比較的恵まれ、今よりも世界的な広い視野を持った人を生み出せる、ある種の豊かな国家だったと考えています。それを全て否定するのは一面的で、過去を見誤っています。「今は、あの二年間に似ていますか」と聞かれたら、私は「全然似ていない」と答えます。

 「『共謀罪』法が治安維持法に似ている」というのも誤った分析。現代は当時のような共産主義アナキズム(無政府主義)の脅威がありませんし、民主政治は成熟しました。人権を守る強い制度も定着した。あの時代のような拷問や弾圧が容認されるはずがないでしょう。警察官もはるかにプロ意識のある集団に育ち、抑制が利いています。

 

 氏は、「共謀罪法と治安維持法は似ていない」として、「民主政治は成熟し」「人権を守る強い制度も定着し」「あの時代のような拷問や弾圧が容認されるはずがない」「警察官もはるかにプロ意識のある集団に育ち、抑制が利いてい」ると言います。

 私は、ここでも前回と同様に、三浦瑠麗氏の研究者としての誠実さに疑問を呈さざるを得ません。

 これから示すように、共謀罪法に賛成する人達すら、「共謀罪法と治安維持法は似ている」という事実は、認めざるを得ないのです。

 元警察庁長官の国松孝次氏と「11年前になされた共謀罪の議論の際の責任者の一人」と自認する元自民党議員早川忠孝氏の主張を見て、このことを確認しておきましょう。

 彼らは、基本的に、「共謀罪法と治安維持法は似ている」けれども、「運用の条件・環境を制限・厳しくする」「法の対象を縮小することを明記した修正をする」ことによって、反人権的要素が発現するのを防ぐべきである、と主張しています。

 まず、元察庁長官の国松孝次の発言です。

 共謀罪に限らず、警察による乱用の可能性ほどんな法律にもある。大切なのは社会がそれを許さないことで、警察と監視するメデイアの間に健全な緊張関係があれば防げるはずだ。戦前の例がよく引用されるが、当時とは全く状況が違う(東京新聞2017年05月13日)。

  この発言を、元の東京新聞(の記者)の問題提起--「今の社会に戦前のかおりがしないか」--に沿って論理的に述べ直せば、次のようになるでしょう。

共謀罪は、警察による乱用の可能性がある」(その場合、戦前の治安維持法と同じような弾圧法になる可能性は否定できない)。それを防ぐには、「社会がそれを許さないこと」「メディアによる警察監視」が必要である。「現在と戦前とでは、法をとりまく環境(状況)が全く違うので、現在の社会やメディアは上記の役割(警察監視)を果たしてくれるだろう。」

 次は、元自民党議員早川忠孝氏の発言を元にした記事です。 

 運用次第では関係のない人も捜査対象に含まれる今回の法案に疑問を抱く。その一つが、一般市民への適用や誤った運用で生じる冤罪の恐れだ。
警察が選挙違反をでっちあげた鹿児島の志布志事件大阪地検特捜部の証拠改ざん事件・・・。
 「捜査現場では予断や偏見、見込みで誤った捜査をされてしまう。成績主義があるので、仕組みをつくると結果を出さなきゃいけなくなる」
 冤罪の遠因になりかねないのが、対象犯罪の多さ。早川氏が携わった〇七年の小委員会案より、百以上も増えている。一般の人が対象になる犯罪まで入ると、運用次第で関係ない人も捜査対象になる。「絞り込みが不十分。計画段階で処罰しなければいけない必要性がどれだけあるのか」

 「捜査対象を判断する裁判所のチェックは機能を果たしていない」。早川氏はこう懸念し、捜査をチェックする機関の新設や、捜査による人権侵害への補償充実などを訴える。

 十年前の国会審議では、自民、公明両党からも政府に対して厳しい質問が出たが、今国会ではあまり見られない。
 「よく検討すると、自分の知っている人が捜査対象になったら大変だということが分かるはず。このままではノーチェックで法案が通ってしまう。冶安の確保と基本的人権の擁護のバランスがないといけないのに、与野党共に全体の審議力が低下し、バランスを欠いている」と物足りなさを感じている(東京2017年05月07日)。

  この発言も、先の問題提起に沿って論理的に言い直すと、次のようになります。

共謀罪法案は、戦前の治安維持法と同じように、一般市民を巻き込み、人権を犯し、冤罪を生む可能性がある。今の裁判所は、警察に対するチェック機能を果たしていない。そうした人権侵害、冤罪の発現を防ぐには、(1)法の対象犯罪の縮小、(2)捜査をチェックする機関の新設、(3)捜査による人権侵害への補償充実、が必要である。

  早川氏の発言の中で、ちょっと分かりにくいが非常に重要な部分があります。「よく検討すると、自分の知っている人が捜査対象になったら大変だということが分かるはず。」という部分です。

 これは、自分が「実質的」な関わりがなくても、あるいは「自分は関係ない」と考えていても、例えば、たまたま「話したことがある」「大勢で写真を一緒にとった」とかいう程度で「自分の知っている人」「自分が関わった人」でも、もし、その人が捜査対象になると、自分も捜査対象になって、「大変」なことになる(一般市民を巻き込む)、ということです。

 これは、共謀罪法でなくとも生じることのように見えますが、共謀罪法のように思想や考えのレベルでも罰するということになると、極めて強い意味、効果を持つことになります。

 つまり、警察の側からは、共謀罪法の下では、容易に(捜査対象者を知っているというだけで、その捜査対象者を知っている人にまで)捜査対象を拡大し得ることとなります。

 他方、その結果として、人々はこの「大変なこと」を避けるために--つまり少しでも「危なそうな」人と「関わりになること」を避けるために--多様で広いコミュニケーションを行なうことを止めるという行動選択する傾向を促進し、仮にそうした人を知ることになった(関わりを持ってしまった)場合は、「危なそうな」人を警察に密告するという行動を選択する傾向を促進するでしょう。

 これは、実際治安維持法の下で生じたことですが、早川氏は共謀罪法が同様にそうした危険を孕むことを率直に述べているのです。

 国松氏と早川氏は、共謀罪法賛成の立場ですが、共に、法の性質自体としては、共謀罪法と戦前の治安維持法とが共通性を持っていることを認めているのです。

 私なりに議論をまとめます。

 共謀罪法は、以下のような特徴を持ち、それは、戦前の治安維持法と極めて「似た」性質のものだと言えます。

 ①捜査対象、予備的な捜査対象(犯罪とされ得るもの)の範囲を2つの次元で拡大しました。第1の次元は、思想やその表現自体を罰することを可能としたことです。第2の次元は、「共謀」という概念で、犯罪構成(捜査対象たり得る範囲)の要件のハードルを低くしたことです。

 この第2の次元については、しばしば、共謀罪法を擁護する立場からは、共謀という条件は、そこに組織的要素、実行準備的要素が含まれるが故に、犯罪構成(捜査対象たり得る範囲)の要件のハードルを高くしたもののように説明されます。

 しかしそれはまやかしです。実質的に見るならば、この法における共謀概念は、フェイスブックで「いいね」を押した場合も共謀として扱われかねないまでに、犯罪構成(捜査対象たり得る範囲)の要件を広げたものです--少し関係を持っただけでも、十把一絡げ、一網打尽の対象となり得ます。

 以上の第1の次元と第2の次元の拡大の相乗作用によって、捜査対象、予備的な捜査対象(犯罪とされ得るもの)の範囲は、飛躍的に拡大していく可能性があります。

 ②そして、この①に重なって重大なのは、警察が巨大な権限を手にすることです。つまり、こうした捜査実施の決定、捜査内容の決定の実質について、権限を持つのは、警察当局となってしまっていることです。

 ③以上の①②が重大、深刻な社会的影響が及ぼしていく可能性の存在は、戦前の日本社会やかつてのソ連や東欧社会主義諸国、現在の社会主義国を見れば明らかです。

 国松氏と小川氏は、基本的にこれらの点を法自体が持っている性質から来るものとして、その理論的可能性としては認めた上で、それを防ぐ方策を語っていました。

 ところが、三浦氏は、「『共謀罪』法が治安維持法に似ているというのも誤った分析。」と言い切ります。そして、この言い切りの主張の根拠を示すことのないまま、「民主政治は成熟し」「人権を守る強い制度も定着し」「あの時代のような拷問や弾圧が容認されるはずがない」「警察官もはるかにプロ意識のある集団に育ち、抑制が利いてい」ると、法をめぐる環境の問題、その環境の戦前との違いに論点を逸らせます。

 これは、「AとBが似ているかどうか」という議論を「AとBの環境が似ているかどうか」という論点にすり替えるという欺瞞です。

 さらに、国松氏と小川氏の二人の主張と三浦氏の主張を並べてみると、前者二人の率直さと対照的に、三浦氏の表現の中に、もってまわったような、すっきりしない気持ちにさせる「何か」があることが気にかかります。その正体が何なのかを分析してみましょう。

 国松氏と小川氏は、共謀罪法の治安維持法と共通する危険性を認めた上で、その発現を阻止するための条件をそれぞれ、「社会やメディアによる監視」あるいは「(1)法の対象犯罪の縮小、(2)捜査をチェックする機関の新設、(3)捜査による人権侵害への補償充実」と述べていました。

 ところが、三浦氏は、「民主政治は成熟し」「人権を守る強い制度も定着し」「あの時代のような拷問や弾圧が容認されるはずがない」「警察官もはるかにプロ意識のある集団に育ち、抑制が利いてい」るといい、要するに、共謀罪が戦前の治安維持法と同じようことになるのを防ぐために「何もしなくてもいい」ということを主張しているように聞こえます。

 ただ、氏がはっきりと「私(三浦)は共謀罪に関して、このままでいい、何もしなくてもいい、と考える」と発言したならば、私(米村)がすっきりしない気持ちになることは、なかったと思います。

 私(米村)の気持ちをすっきりさせないものの正体は、三浦氏の表現が、重要なところで歴史や社会発展における主体を消してしまっていることです。

 そして、同時に三浦氏自身の民主主義の歴史への主体的関わり(責任)の問題も消してしまっているのです。

 「民主政治は成熟し」の主語は、「民主政治」です。そして、「成熟し」というのは自動詞です。「民主政治」が自然と成熟するみたいですね。

 続けて、「人権を守る強い制度も定着し」も、主語は「人権を守る強い制度」が主語で、「定着し」が自動詞です。

 いずれも、誰が、どのように、民主政治や人権尊重の制度を作り上げてきたのかが全く視角に入ってこないような表現となっています。

 「あの時代のような拷問や弾圧が容認されるはずがない」というのも、主語が「あの時代のような拷問や弾圧」なので、誰が容認しないのか、という主体の問題を表現することが避けられ、あいまいのものとされています。

 また、ここで「容認されるはずがない」という表現も気になり、すっきりしない気持ちになります。例えば、私も、アメリカがテロとの闘いという口実で、グアンタナモに収容したイスラム系の捕虜に対して行なってきた拷問は「容認されるはずがない」と思いますが、現実には実行されてきました。

 あるいは、戦前の特高が拷問によって小林多喜二を虐殺しています。これは、当時の基準では「容認されていた」のでしょうか。当時の多くの人も少し前までは、「容認されるはずがない」(そんなことがいくら何でもおきるわけがない)と思っていたのではないでしょうか。

 あるいは、三浦氏に質問したいのですが、共謀罪の国会審議において、国民に奉仕すべき公務員である佐川理財局長が、国会議員の質問に対し安倍首相を擁護するために情報の隠蔽とウソの答弁を繰り返すということがありました。「成熟した」はずの民主政治において、このようなことが「容認されるはずがない」と思っていませんでしたか?今はどうですか?

 「容認されるはずがない」と思っていることが、実現してしまうことが過去だけでなく、今、目の前で起きているのではないでしょうか。

 アメリカのシャーロッツヴィルにおいて、KKK等の白人至上主義の運動がそれを批判する一人の市民を殺すという事態、さらにそれをトランプ大統領が擁護するという事態が生じています。

 三浦氏の基準では、アメリカは「成熟した」民主政治の社会に分類されるように思いますが、そこで、「容認されるはずがない」ことが起きているのではないですか? 

 つまり、「容認されるはずがない」という表現には、まずは語り手の倫理的、規範的な基準や語り手の想定する多数者の倫理的、規範的な基準を表現しているだけであって、「容認されるはずがない」けれども、「現実化する」可能性をも含むようなあいまいところがあるように思います。

 三浦氏は、肝心なところで、このようなあいまいな表現を用いているように思います。

 「警察官もはるかにプロ意識のある集団に育ち、抑制が利いてい」る、という、この表現も、警察官が主語で、「育つ」という自動詞が用いられています。何か、自然とプロ意識のある集団が出来上がり、抑制の利いているものになったような感じです。

 また、「警察官もはるかにプロ意識のある集団に育ち」という表現は、警察官の警察組織の構成メンバーとしての個人的な性質に注意を向けさせるものですが、治安維持法との類似性を議論する上で本質的なのは、警察権力のあり方です。このようなことは、政治学からの接近にとっての常識ではないでしょうか。

 三浦氏の議論の仕方は、共謀罪法の施行によって警察が実質的に巨大な権限を手にすることになることの意味、効果から目を逸らすようになっていると指摘せざるを得ません。

 国松氏や小川氏の方が、権力と人民の人権をめぐる緊張関係をはっきりと把握し、それを真っ当に表現しています。

 民主主義や人権、さらに平和のための制度や現実は、それを求めて闘ってきた人々の800年にも遡る努力がありました。

 日本国憲法は、そうした歴史を継承した最先端のものといえるでしょう。私達には、そうしたすばらしいものを歴史によってプレゼントされた者としての責務があります。

 次回は、そうした視点から、三浦氏の憲法論を批判します。